葉女
木屋 亞万

切れ切れの落ち葉は切ない
道の脇に沈みこんで
自分がどこから来てどこに行くのか
道行く人にかさかさと問いかける
けれど誰もその葉が何の葉であるかを知らない

女は三輪車に乗る子どもを道で遊ばせていた
女は茶髪でモスグリーンのコートを着ていてカーキ色のズボンを履いていた
その女に話しかけたのは短髪の少女
小学校の制服に緑色のランドセルを背負っていた

背の高い女は少女のために身をかがめることもせず
知らないわと呟くときだけ少女の方を見た
ランドセルの反射のためか、少女の黒髪が深緑の光沢を見せていた
女は何やら呟いて、子どもと一緒に少女から離れようとした
少女がとっさに女のコートを引っ張ると、
トランプタワーのように女のコートはバラバラと崩れ落ちた

青々とした葉が女を取り囲むように輪になって散っていた
あらわになった女の白いセーターにはブナのように緑の斑が残っている
女は溜め息をついた後で少女を叱りつけ、
三輪車の子どもと二人で家に帰るように促した


女は橙がかった茶髪を風に遊ばせながら、小川の土手を散歩している
先ほどの出来事を見てしまった二人のスーツの男を引き連れるように
何も話さず、視線と手招きだけで、女は彼らを誘導していく
山が近づいてきて川はどんどん細くなり、
土手の草むらには無表情の樹木が乱立し始めた

「私には家族があります」女は話を始めた

あの女の子も私の子どもも、人間ではありません
旦那はその事を知りません、何一つ知りません
私の嫌がることはしない、いい夫です
絶対にしてはいけないことに関する約束を
守れない人たちが多くいる中で、私は出会いに恵まれました
彼との幸運な生活が私に油断を生んだのだと思います

秋から冬にかけて私たちは気を張らなければなりません
他の樹木の枝葉が散っていく中で、私たちは
葉の化身としてその身を彩る緑を絶やしてはならないのです
今日、私は子どもとの安らかな時間の中で衣への注意を失っていました
その綻びに気付いたときには、あの女の子によってコートを壊されていました
あの子はまだ自分の血筋に、自分の能力に気付いていないのです
私が悪かったのです、そこをたまたまあなた達に見られてしまいました

私たちは雪女のように人を凍死させたり
山女のように血を吸って人を殺したりはしません
ただ血液が透明で、陽光を人より多く求めるだけなのです
綺麗な水と日当たりの良い場所さえあれば私たちは誰も襲いはしません
その辺の植物と変わりません、あなた方のような人間と同じです

「だから、くれぐれも私たち葉女の事は秘密にしておいてください」
と、女は語気を強めて言った
二人のサラリーマンは女の澄んだ目に見入るように深く頷いた



2年後、同じ道の同じ場所で
三輪車とランドセルとコートは
それぞれ美しい緑色を輝かせて風に遊んでいた
ふと少女は何かを思い出したように立ち止まって
「人間はどうして約束を破るの」と呟いた
その声に呼応するように、枯葉の中をネクタイが2本、
風に引きずられるように、彼女たちの方に擦り寄ってくる
「知らないわ」と女は呟いた

切れ切れの落ち葉は切なく道の脇に沈みこんで
自分がどこから来てどこに行くのか
道行く人にかさかさと問いかけている
けれど誰もその葉が何の葉であるかを知らない
そういう約束になっている


自由詩 葉女 Copyright 木屋 亞万 2009-02-06 03:12:52
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