無言電話
小川 葉
無言電話がかかってきた
その人の部屋にある
テレビの音が聞こえているだけだった
わたしはその音を聞くけれど
その人には聞こえていない
わたしはテレビを持っていないから
その音をたよりに
テレビを楽しむことにした
それなりに楽しめた
おきまりのお笑いのシーンや
おきまりの商売くさいコマーシャルも
テレビを持っていた頃と
たいして変わらない気がした
無言電話のその人も
たいして何も変わっていないのだろう
無言のままだった
無言電話なのだから
それはしかたがないけれど
インターネットのある時代に
あえて無言電話をしてしまうのは
あるいは無言電話という行為に
あるロマンをもとめ
こだわる理由があるからなのだろうか
無言電話のまま
朝までつないだまま眠っていた
テレビからは朝の番組が聞こえていた
扉の開く音がして
ある人物によりテレビが消され
XPの起動音が聞こえた
それからじつに夕方すぎまで
クリックの音が続いた
XPのシャットダウンの音がして
また夜になると
ふたたびテレビの音
無言電話が還ってきた
人気のないその部屋には
人の気配だけがあふれている
人は孤独になると
気配だけになるらしい
気配さえなくなってしまったなら
わたしみたいに・・・
わたしは電話を切って
また誰かから
無言電話がかかってくるのを待つことにした
次はせめて数百年後ならいいのに
無言電話がかかってくるまで
あれからじつに
十数億年を要していた
世界の果てで
一つの有機体が生まれ
その子孫が人間になるまでに