海の熱、鉄鋼の風
水町綜助

手のひらで乾きつつある血の色や
頬についた砂つぶ
それを指で払い落とす

あの
ざらざらとした手触りに
あの
深さをまして沈む色に
瑞々しさはあって
血の色が
紫がかっていた
だとか
感触は
幾粒ものつぶやきのように
覗く橋下のどぶ川に
落ちていってしまった
だとかは
もう忘れてしまった 
         ことを
         思い出したときに
         その背反を知る

  *

海沿いに
風車の連なる海岸に行った
激しく吹く風に
呼吸を奪われて
防波堤の向こうからは
いくつもの波の花が舞う
鉄鋼の色をした空から
剥がれ落ちるように
白いあぶくが柔らかく
強すぎる風に乗って
かたちを変えながら
海岸線に落ちては消える
僕は
低く刈られたススキを踏み抜きながら
海岸線を挟んだ小高い土手を頂上まで登って
風に飛ばされそうになりながら振り向いて

目に映る波は
白く
巨大で
音もなく大きくうねっては
風鳴りともつかない
耳朶を掻き回すような音をたて
波飛沫を僕たちに浴びせかける
もう背丈を越えるほど

これは
風なのかも知れない
海水が風をかたちにあらわすとするなら
逆巻くものは海だ

いずれにしろ海は
風は
ただ
平然と荒れていた
僕たちの茫然は
かき乱されるこの
髪一本のように些細で
かかわりなく
海と風は
ただ平然と荒れていた

僕がこの目に映る波濤に
長い一本
金糸を織り込んでいったとして
やがて薄暗くなりゆく海岸線にともる
小さなヘッドライトの光のようにそれは幻で
縫いとめることはできず
それでも僕たちは
波のように
海のように
かたちを変えることはできない
一度たりと
同じかたちに渦巻いたことが
ないのかどうかさえ
判断がつかないでいる
または
そのようにしている

  *

海岸線を
かすむ先まで
立ち並ぶ風車は
時差の中を回り
鉄鋼の町を動かし
鉄は
ときに重機関となって
冷たい顔に熱を生み出す
街は野は
森は
知らない国の戦地は
熱を帯び
誰も手を差し出して
触れることができないほどに熱を帯び
熱は大気をふるわせ
気流として上昇し
風を生む
風は海を
平凡に荒らし
僕たちは
また吹き倒されそうになって
茫然をかき乱して
そこに置いたままで

  *

瑞々しさを風と体
その摩擦の中に生み出し
流して
流して
流して
気づかない
乾いてしまうまで
滲み出た
その水を飲むことはない


自由詩 海の熱、鉄鋼の風 Copyright 水町綜助 2009-02-04 00:07:34
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