風船
ホロウ・シカエルボク







魂の裾野を幻覚が越えてくる火曜日、虚ろな目をしたテレビ・タレントが掌だけで盛り上げるような調子、いじけた雨粒が果てしもなく降り続き書こうとしていた言葉のことを忘れる…軋む椅子に横たわる様子はまるで脚を失った豹のようだ
知らない番号からかかってきた電話、受話器の向こうの汚れた声の婆さんはあんたがかけてきたんだと言い張った、そんなものは知らない、あつかましい年寄りの知り合いなどもういない、ボケた婆さんなんかに誰が携帯など手渡すのだろう…?椅子が軋んだ音に舌打ちをした拍子に電話が切れる
いつか昔遠くに飛んでいった風船のことを思い出す、風船を買ってもらってはすぐに手を離すのが好きだった、まだ浮かぶうちに、高く飛べるうちに…遥か彼方に浮かぶ淡い色が一番美しいと思った、太陽の無い日には必ずその時のことを思い出すようになった、同級生がくたばったニュースと一緒に
誰とも言葉を交わさなくなったことを恥ずかしいと思う気持ちなどない、きっとこのまま思春期の呪縛を振り払いながら人生は流れてゆくのだから…流れ着いた先が果てしない滝壺であることは明白なのだし…もう最期を怖いとは思わなくなった、それはいつ訪れるのか予測の立たないものだからだ、見取ってきた幾人かの…表情を思い出す…そこにあって……どこにもなかったものたちのことを
風船を飛ばして…取り戻さないで、手の届くところに留まることがあっても…遥か遠くまで届けて、運命のように届かないところに…飛び去ったものは二度と見送らなくて済むから…魂の裾野を越えてくるいくつもの幻覚、数えているうちに限りない時間が過ぎ去ってしまうだろう、かけがえのないものなどすべて失ってしまえばいい、どうせそれは留まりはしないものだから……




一番最初に見送ったのは淡いグリーンの風船だった、空は果てしなく澄んでいて………母親は優しく俺の手を取っていた。






自由詩 風船 Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-02-03 21:45:20
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