空、ひと
山中 烏流






工事現場に木漏れ日が舞って
例えば、私なら
指差したりするような時間
風上から流れるのは
どこかの夕飯の匂い

昨日より長い夕焼けが
何より、確かな時間を告げている

歩きながら読んでいる本は
さっきそこの古本屋で買った物で
栞を貰い忘れたから
きっと、読み切ることはない

近所の子供が吹いたシャボン玉が
心なしか汚く見えて
あの子はどんな「ひと」なんだろう、と
考えてみたりする


紫を装う空が
あんまり余所余所しいものだから
そっぽを向いてみた
何も変わらないことは
初めから、分かっている

いつも
私を置いてけぼりにして
幾つもの夕暮れが去っていった
鳥も花も、私以外の何もかもは
一緒になって
何処かへ行ってしまう

だから、


街灯が明滅して
木漏れ日に風が吹いた
いつの間にか、また通り過ぎたらしい
方々から
食器の音と、笑い声が響く

深く化粧をした空が
私の手を取る
なんてことは、起こる訳もなく

肩に下げた鞄へ
本を滑らせる
登場人物の名前を思い出すけれど
それは、別に
どうでもいいことなんだろう

そろそろ帰ろうかと思う
シャボン玉の空きケースが
ことり、と
倒れてしまったから



空を見上げている、そのすぐ横を
近所の子供が走り去って行く
「まるで、空のようなひと」
声にならないくらいの大きさで
私は、そう呟いた





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自由詩 空、ひと Copyright 山中 烏流 2009-02-02 00:47:59
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