臆する
殿岡秀秋
オフィスで
若い娘に話しかけられ
とくに意識しないで冗談を言ったら
彼女が笑う
オフィスの高い空にそよ風が吹く
彼女との間に会話が流れだす
途端に意識すると
ぼくの胸に雲が発生する
横隔膜のあたりから全身に雲が広がり
ぼくの顔の筋肉に電気が走る
消える微笑
眼の周りに力がはいって
彼女をにらみつけてしまう
ぼくは話しをやめたくなる
あるいは彼女の方から
話しを切り上げてほしい
オフィスの草原に
雨が降りだす前に
ぼくを見て彼女の表情も曇る
冷えた風が吹いてきて
ぼくの胸の黒雲に雨を呼ぶ
娘の馬の尻が左右に
揺れるのを見送る
そうではないのだ
と柔らかな黒髪に呼びかける声は
喉の洞穴に吸いこまれる
ぼくはひとりになって
オフィスの荒野で
視えない雨に打たれる
幼いころから
何か始めて
少しうまくいきだすと
胸に雲が湧き
自分にはできるわけがない
という声が
雨となって落ちてくる
鉄棒でも
漢字の書き取りでも
面子遊びでも
竹馬でも
時間はゆっくりと
その場を去る
でも
ぼくは残してきている
雲が垂れこめている
古代都市の遺跡の
道に沿って並ぶ柱のように
目の大きな子どもが
雨に濡れて
いくつも立っているのを