赤 (よん)
容子
1
真っ赤な口紅をひいた唇が
びちびち びちびちと
突然せわしなくふるえだしたかと思えば
西の空へ泳ぎ逃げてしまった。
あの日からわたしは言葉をなくした。
2
赤が右鼻から垂れた。
てっきり
熟れすぎた体から滲みでるといわれる
かの有名な幻の珍魚かと思ったけれど
それではなかったようだ。
あまりの生臭さに
うっかり舐めてしまったことを後悔した。
3
赤い薔薇の夕焼けに
明日は朝から雨だろうと
歩道橋の真上でふと思っただけなのに
誰かに空の薔薇を荊ともども瞳に投げられた。
そんなちんけな目に
気品漂う高貴な夕焼けの薔薇を
映してたまるか、
お前にお似合いなのはこいつだ。
わたし宛の捨てぜりふが
暗闇にびちゃりと響いた。
4
嘘ばかり吐きすぎたわたしの体は
真っ赤に膨れてしまった。
口を開こうにも唇は
逃げ足の早い屋台の金魚。
息を吸おうにも鼻は
呼吸のおぼつかないどぶ川の金魚。
君を見つめようにも瞳は
視点の定まらない目玉のでばった金魚。
嘘の過剰摂取で
体に隠しこんできた
嘘という名の
真っ赤な金魚の面々が
漏れだしはじめたのだ。
そんなお話。
言うまでもなく
真っ赤な真っ赤な金魚の嘘です。