赤 (よん)
容子


真っ赤な口紅をひいた唇が
びちびち びちびちと
突然せわしなくふるえだしたかと思えば
西の空へ泳ぎ逃げてしまった。

あの日からわたしは言葉をなくした。



赤が右鼻から垂れた。
てっきり
熟れすぎた体から滲みでるといわれる
かの有名な幻の珍魚かと思ったけれど
それではなかったようだ。

あまりの生臭さに
うっかり舐めてしまったことを後悔した。



赤い薔薇の夕焼けに
明日は朝から雨だろうと
歩道橋の真上でふと思っただけなのに
誰かに空の薔薇を荊ともども瞳に投げられた。

そんなちんけな目に
気品漂う高貴な夕焼けの薔薇を
映してたまるか、
お前にお似合いなのはこいつだ。
わたし宛の捨てぜりふが
暗闇にびちゃりと響いた。



嘘ばかり吐きすぎたわたしの体は
真っ赤に膨れてしまった。
口を開こうにも唇は
逃げ足の早い屋台の金魚。
息を吸おうにも鼻は
呼吸のおぼつかないどぶ川の金魚。
君を見つめようにも瞳は
視点の定まらない目玉のでばった金魚。
嘘の過剰摂取で
体に隠しこんできた
嘘という名の
真っ赤な金魚の面々が
漏れだしはじめたのだ。


そんなお話。
言うまでもなく
真っ赤な真っ赤な金魚の嘘です。





自由詩 赤 (よん) Copyright 容子 2009-01-30 23:43:24
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