ひとのきかん
木屋 亞万

動物がほとんどいなくて、すきっ歯な林だけがあるような
そんな植物だけが林立する場所にも、空き缶は捨てられていた
その缶を水が徹底的に錆び付かせ、風が土に埋葬した
泥に溺れそうな缶詰の、淵が顔を覗かせる

ちょうどその辺りを
「木ばっかだと退屈だなあ」と一人ごちながら
神様は、林の隙間をうろうろとお散歩していた
「いつの時代も分別のないもんはいるもんだ」と
埋もれた缶を拾おうとした途端に、
缶のど真ん中に埋もれていた茶色い木の実が芽吹いた、
「ふむ、木缶、鉢植え、植木鉢とな」と呟きながら
錆びた淵に守られた幸運な木の実に
ひとてま加えて味のある生命にしてやろうと神様は考えた
何やら呪文を呟いた後、「さあ、始まりに備えるとしよう」といって
空の彼方へと帰っていった

それからぐるぐる時は流れ、
ひとてま掛けたその木から、「一つの人」という木(略して、ひとのき)が生まれた
発芽して最初に出た芽は双葉だった、それで
ひとのきは「男」と「女」に分かれる可能性を持つことになった
とはいえ、幹はしばらくの間は大して枝分かれしないので
ひとのきの中で男側と女側に、枝が分離していく兆しを見せたのは
春を十数回ほど跨いだ頃だったろう
とはいえ、真っ二つに裂けたまま育つ木はほとんどない
幹の最初の分岐点から枝葉は縦横無尽に広がっていく
それぞれ分岐路に立たされたとき、栄耀(営養ともいう)が優先されるのは
より太くて日の当たる「別人」がいる方だった

神様がしばらくぶりに散歩に来ると人の木缶は
驚くほどに成長していた、「しばらく見ない間に大きくなってえ」と
神様は感慨にふけっていた、そして「しかしそこは窮屈でないかい」と尋ねた
缶詰を破裂させんばかりに成長した木の根が、地面に押し上げられ
硬さには自信のあるスチール缶も、所々綻び始めていた
根が押し上げられ弱ったせいか、はたまた寿命のせいなのか
ひとのきは空に近いところからその葉を黄色く萎れさせ
枯れていこうとしていた
その木は、神様が想像していた以上に色とりどりの枝葉をつけていた
赤・白・黒・黄の四色からなる幹に、
金・茶・赤・黒・白から青や緑まで様々な色の混ざった葉をつけた
太さも形も様々な「一つの人」の木をみて
神様はひとの木に「人」が世界に羽ばたいていく夢を見た

暇を持て余した神々が遊び半分で
好き放題に搾取し、汚染してしまった神々の大地にもう一度
色鮮やかな輝きを取り戻すための夢だった
神様はすきっ歯の林から「ひとのき」を少しずつ切り分けて
滅んでいった神々の跡地に次々に挿し木を行っていった

挿し木から育った果実は種を産み
双葉のような足を持つ「男」と「女」という人間を
世界のあちこちで誕生させ始めた
人間は元々ひとつなぎの、巨大な神々の大陸で発生した、
「ひとのきかん」という缶に芽生えた双葉にその起源を持つ

ような気がするのだ
その名残として人間は、
案山子の、木の足を見ると何だか懐かしくなる
心の奥でカンカラコンと空き缶がなるような気がして


自由詩 ひとのきかん Copyright 木屋 亞万 2009-01-30 01:29:27
notebook Home