汀のドラえもん
長元坊
浜辺を歩くうちに
無心がいつしか完成していた
小波の彼方の
青空と海原のやりとりに耳を傾けながら
何することもなく歩き続け
立ち止まった場所が
無心の終わりだった
海を見た
だが見えなかった
孤島を見た
見えなかった
雲を見た
見えなかった
風を見た
見えなかった
さっき見ていたのは宇宙の皮膜だったのかもしれない
そう思ってまた歩き始めた
歩き始めたとたん、砂の上におかしなものを見つけた
ドラえもんの、ぬいぐるみだった
あの空色をしたドラえもんが
なぜか幼稚園児の帽子とカバンを身につけ
おまけに「ドラえもん」という名札までつけて
天に向かって緩やかな曲線の微笑をたたえていた
空を抱くように短い手を広げていた
無心の抜けた私の目は
まるでそこに宇宙の中心が生まれたかのように
真ん中にひっついたドラえもんの二つの瞳を見た
黒いガラス玉のような瞳は
笑顔だった
笑顔しかなかった
冬の冷たい風に吹かれようが
浜辺の乾いたワカメと共に転がされようが
ひと時も笑顔を絶やさない笑顔が
ドラえもんの
ぬいぐるみの「願い」だった
だれがこの「願い」を込めて
ドラえもんのぬいぐるみを作ったのかは知らない
機械的に大量生産されたのかもしれない
けれど、私が浜を去り、夜になった今も
夜空に向けて微笑み続けているドラえもんは
まぎれもない無心だと、そう思う
宇宙の皮膜も風も海も空も
すべてを見通しながら微笑んでいると
そう思う
今
ドラえもんにとっての永遠の微笑が
私の何に当たるのかを考えている