電話
舞狐
懐かしい声から
その表情が見える
突然消えたその人は
数奇な人生を送り
普通の人生では
見ることのない風景の中に生きた人
老いた目蓋の奥に
鋭い瞳を覗かせて
奥底から笑わない人
母が死んだんだ
ぽつりつぶやき
笑い話を含めた会話に
私は胸が痛かった
あの人の悲しさが
受話器からあふれて
私の胸を叩く
抱き締めてあげられない
壁と距離に邪魔されて
私は叱咤するかのように
貴方の不在は淋しいと
ただ
それだけを伝えた
暖かい春には
顔を見せるとだけ言い
受話器を置いた
つながっていない受話器から
まだ
貴方の悲しみが
溢れてとまらない