薄汚れた、だけど素敵な
ホロウ・シカエルボク



くだらないこと考えてないでアタシのここにくちづけしなさい、いっときだけなら愛よりも素晴らしい夢を見ることが出来るわよ
アンタみたいな迷える子羊を戒律からラクにしてあげるのがアタシの役目
今すぐどうにもならないことなんか全部今夜は忘れてしまいなさい、生真面目になると何も出来ないまま死んでしまうものよ
素敵な香りでしょう…この家の持ち主が遠い外国で買って来てくれたの
もちろんそれはアタシの為じゃなくてこの店のアクセントの為なんだけど―アクセントって大事だわね、香りが変わるだけで何か特別な日みたいな、そんな感じになることが出来るわ
今夜は、いいや、すべての夜は一度きりに過ぎないのかもしれないけれど
一度きりの夜が一色だけで終わるとは限らないわよね…そこにはいろんな色があってかまわないのよ
もちろん手当たり次第に全部ぶちまけたってね?明かりは消す?それとも明るいほうがいい?どちらでもいいならこのままにしとくわね、恋人同士とは違う世界の物語なんだから
ほら、近くで見てみる?擦り切れちゃって…だけど褒めてくれたらガゼンサービスしちゃうかもね、やっぱりそういうのってちょっとはいい気持になるものよ、そうよ、ちょっとだけね
どうしたの、こんなのいけないよとか言ってこそこそと逃げるつもり?どんなふうに扱ったって誰も何も言ってこないわよ
持ち上げようが見下そうが…アンタの欲望のままに扱ってくれてかまわない、アタシはそのためにここでこうしている、ねえ選択肢なんていまアンタが思ってるほどたくさんはありはしないのよ…差し出されたものは黙って受け取るべき時だってあるわ、いまはそういうときなんじゃないかってアタシ、思うわよ?
粘土を塗りこんだみたいな目つきのままじゃきっと素敵な夢なんか見られやしないわ
夢でいいじゃない、夢で何がいけない?どちらもアンタの瞳が見つめるものだわ―現実なんて身体があるかないか、それだけのことじゃない、そんな線引きに沿って生きていくことなんか出来るわけがないのよ…そのことについちゃアタシの方が絶対に詳しいわ、少なくともアンタよりは、ほら、ほら、とっとと済ましちゃいなさい、アタシに風邪を引かせるつもり?
見た目ほど暖房なんて効きゃしないんだから
ほら、いつまでも迷ってないで…いい匂いがするじゃない、男のくせに気持ちが悪いわ…それとも男も生身になれない時代なのかしらね?香水変えた方がいいわよ、アクセントは気分を変えるわ
ひとつのことにこだわり過ぎるとひとつも手に入らないことだってある、大事なのはいくつもの色を見ること…残念ながらいまはそんなに素敵な色はお目にかけられないけれどもね…ほら、目つきが変わってきたわ、理性が負ける瞬間って素敵よね…余計なものを脱ぎ去る時が来たのよ
明かりを消したいの?いや、嫌じゃない、どっちだっていい
アンタが見たくないのは薄汚れたアタシじゃなくてきっとほかの何かだから、気なんか使わなくていい、さっきちゃんと言ったわよね?
アンタみたいな人はとことん暴力的になるべきなんだわ…二、三日で消える程度の痣とかつけてみる?もちろん多少は場所は制限させてもらうけれど…殴れない誰かの代りに胃袋を絞めつけるなんてもうやめた方がいいよ

おいでよ、薄汚いけど




いっときだけなら愛より素敵な夢を見せてあげるわよ






自由詩 薄汚れた、だけど素敵な Copyright ホロウ・シカエルボク 2009-01-22 01:21:50
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