チェーン
オイタル

 二〇〇九年一月十一日、二十三時三十二分。
 縁まで冴え渡る空の下、画像の荒れたブラウン管では懐かしいアメリカの俳優が、光る川辺でギターを弾きながら自分も知らなかった自分の娘にひどく悪態をつかれ涙ながらに抱き合って頬ずりをしていたが、私はリモコンのスイッチを親指で軽く飛ばして黄色い湯船に向かう。
 明日も仕事が早い。五分後、ちょうど私が首筋をタオルで拭いているとき、迫撃砲弾が窓ガラスを割り少年の右の耳元を掠めて正面の壁に着弾する。少年はちょうど一時間前、東に三軒はなれた石の家に住む二歳年上の少年に女友達のことであごを殴られ「死んじまえ。」とつばを吐いたが、私が首筋を拭く四秒後には女友達のあごのことを思い出しかけながら、飛び散る壁や天井の破片を眉間に受けて自分が命を失うこととなる。泣くべき母親もいない少年が命を失ってしばらくした頃、アフリカのサバンナでは水牛のジョンが、前日の昼過ぎにあごを前足に乗せて、青空を山陰へと流れる雲を久しく眺めていたライオンのイオンにおのれのあごを噛み砕かれておしまいの痙攣を終えた。
 花は、花びらを白く夜へと重ねていく。
〇九年一月十二日、五時十五分。
 ビールの空き缶が支えを失ってゆっくりとテーブルの下へと転げ落ちていく途中、少年の額を打ち付けた瓦礫はまだ少年の足元にうずくまったままで世界中に響く向きのない無数の声をじっと耐えている。
 明け方、誰かが頭部を失う。(もしくは、首から下の忘れ物)
 誰かが、嫌いだった左腕を失う(指が不恰好に長くて、もはやそれは仲のよくなかった懐かしい兄弟のようだ)。
 次に誰かが左腕を失う。
 次に「ようこ」と言って額のあたりで笑った瞬間、お前の知らないところでお前の知らない黒人の少女が目を開けたまま抱いていた機関銃ごと蜂の巣になる。
 赤と白の花籠を飾る明け方。
 〇九年一月十三日、二十時二十七分。もはや時を綴ることのない少年はそのときの形で昨日を繰り返す。何度も何度も何度も。
 昨日の感情を繰り返す。何度も何度も何度も。
 昨日の手触りを繰り返す。何度も何度も何度も。
 妻のつまみあげるチーズケーキの割れ目の奥で破裂する少年のやせた右足。それから小さなチェーン。耳飾りの。


自由詩 チェーン Copyright オイタル 2009-01-18 00:14:37
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