さしすせそが言えなくて
木屋 亞万

薄氷が張った空の
水色の向こうに何があるのか
私にはわからないけれど
朝、目的地の自転車置き場で
ふと、立ち止まり見上げていた
空には、肉眼で確認できないほど
かすかな穴が開いていた
誰かが投じた石に破れた穴

少し反り返った背中の
肩甲骨の狭間を押されたような気がして
私はわずかに浮揚し始めていた
穴を塞ぐものを私が持っているか
探るように、背骨の中腹辺りを押し上げる手が
静かに私に入り込み、身体の淵が溶けていく
このままでは空気にされてしまうよと
大地の子は心配そうに私に言う

街路樹の枝が真っ直ぐ伸びている
(数ヶ月前そこにはたくさんの葉があって軸となる小枝の背筋などわからなかった)
飛行機が私と空の隙間を飛んでいる
(飛行機雲が空を横断して、鋼鉄のチャックが縫い付けられていく)
吐く息が幼い雪崩のように流れていく
(温もりは目と鼻の先で寒さに負けてしまう、私は寒さに抱かれている)
私は浮かんでいる、どの雲よりも温かい、自信がある

背中を押す手の力が弱まり
地に足が着いてしまう
他の自転車が到着し、置かれていく
数歩進んだ先で、新たな自転車の少女は立ち止まり
見上げる、頭につけている孔雀の羽がそよぐ
少女が風と空の言葉を呟いて
滑らかな速度で飛行機雲を越えていく
さしすせそが言えなくて
私は少女に先を越された


自由詩  さしすせそが言えなくて Copyright 木屋 亞万 2009-01-17 02:36:34
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