創書日和【嘘】 錯覚
山中 烏流

 
 
 
 
 
 
ある日、玄関を開くと
そこは何の変哲もない2Kの部屋で
湿気た空気が満ち
黴の匂いが鼻につく
そんな場所になっていた
 
 
小さな靴箱には
靴や、それ以外のものが
たくさん詰まっていて
玄関先に生けた一輪の霞草や
綺麗に磨き上げた金魚鉢は
何処にも見当たらない
 
 
もう一度玄関を開き
外へと足を踏み出す
空の色や近所の人は同じなのに
私の家だけが変わっていて
まるで、最初からそうであったかのように
夕日を浴びている
 
 
吐き出す息は白く
初めて聞く筈の、五時の合図が鳴る
妙にしっくりくるその音色は
私の髪を不器用になびかせて
そのまま、どこか遠い場所へと
過ぎ去ってしまった
 
 
その音を見送ったあと
私はただ一言
随分と長い嘘だった、と呟いて
玄関を開く
 
 
 
 
 
 
 
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自由詩 創書日和【嘘】 錯覚 Copyright 山中 烏流 2009-01-12 19:02:31
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