かあさん
小原あき
書き留めていたはずの詩が
一晩のうちに
家出をしてしまったらしい
枕元にあるのは
真っ白な紙の切れ端で
紙を失くして
彼らは
ばらばらになってしまわないだろうか
雨が降りだしたので
窓を閉めようとしたら
「あ」が落ちていた
やはり彼らは
ばらばらになったのだ
「あ」を拾い上げると
ぐったりしていた
彼らはばらばらで
生きてはいけないのかもしれない
「あ」を見ていると
寂しくなった
病床に臥す
母みたいだ
雨上がり
水溜まりに
「ぬ」が浮かんでいた
もう冷えきっていて
死んでいるようだった
わたしの
家出した詩には
「ぬ」はいなかった
きっとこれは
誰かの家出した詩だろう
少しだけほっとした
散歩から帰ると
玄関に「ぴ」が落ちていた
カサカサと
枯葉みたいに
風に乗って飛んでいった
風が急に温もりを失くした
雪の破片が
ぐるぐると空を回っている
千切ってしまった
白紙が飛んでいるのかと
一瞬、焦った
紙吹雪を見ていると
世界がわたしを軸にして
器用に回りだし
まともに立っていられなかった
部屋に転がり込むと
ストーブで手を温めた
左の肩に
「か」が引っ掛かっていた
新しい紙を取り出して
「あ」と「か」を並べると
少しだけ
二つは温度を上げた
せめて、
あと「さ」と「ん」があれば…
電話のベルで
泣いていたのに
気がついた
涙を拭って
受話器を取ると
その向こうから
母が危ないと
ここではないどこかから
聞こえてきた
とりあえず
ありったけの服を着込み
「あ」と「か」を
貼り付けた紙を持って
外へ出た
外はいよいよ
回転速度を増している
巻き込まれないように
上着をぎゅっと握って歩いた
母のもとへ着く前に
せめて「さ」と「ん」が
見つからないかと
願いながら