アラスカ2〜星野道夫
鈴木もとこ
その飛行機は、ジャンボに囲まれて広い飛行場の真中にポツンといた。
YS11型機ぐらいの白く小さい機体に、先住民の顔とARASKA AIRの文字。
アラスカ航空アンカレジ行き。
昔日本からヨーロッパへ行くには、北周りで全てアンカレジ空港を経由したらしい。
寄ったことがある人からは、ただ広いだけの場所だと聞かれていた。その広さは自然が
近くにあるためだろう。通り過ぎる者には退屈に映ったとしても、留まる者にとっては
“何も無いけど全てある”ようなところなのだな。と勝手に想像した。
見上げた青空が眩しい。晩夏とはいえ8月のシアトルはまだ日差しが強かった。
タラップを上がって機内へ乗り込むと、特にアナウンスも無くあっさりと離陸した。
窓際の席から眼下の景色を眺める。青く輝くピージェット湾を横切り飛行機はアラスカ
へと向かう。
とうとうアラスカへ・・・感慨とほっとしたからなのか、強烈な眠気が襲ってきた。
ここで眠ってしまっては、せっかくの雄大な風景を見る事ができない。頬を叩いたり、
お茶を飲んだりして抗うのだがどうにも眠すぎる。時間は日本時間午前3時。多分時差
ぼけだ・・・と思う間もなく霧に包まれたように意識が遠のいていった。
ふと気が着くと、遠くに緑の大地が見える。さっきは海の上を飛んでいたはずなのに。
あぁやっぱり眠ってしまったんだ。ちょっとがっかりして、機内誌で飛んでいる場所を
確かめようと前の座席ポケットに手を伸ばした。
何だか隣の人がこちらを見ているような気がする。
ちらっと見るとそこには、人懐こそうな青い瞳とスリムな体にネルシャツ・ジーンズ。
まるでジョン・サイモン(ザ・バンドのプロデューサー)のような風貌の見た目40代
の男性が、こちらを見て笑いをこらえていた。
「あんた、何回も窓に頭をぶつけていたよ。何回もだよ」
「・・・あぁ、そういえば・・・」
おでこがちょっと痛い。ちゃんと起きていようとがんばっているうちに、グラグラして
頭を窓にぶつけていたようだ。
ウトウト・・・ガンッ!はっ。・・・ウトウト・・・ゴンッ!はっ。ウトウト・・・。
全く子供みたいだ・・・自分でもおかしくて、アメリカおじさんと2人で笑いあった。
「ははは・・・あんた、どっから来たの?」
「ふふふ・・・日本です。あなたは、アラスカに住んでるの?」
「俺、コディアック(アンカレジの左下、アリューシャン列島の起点)で日本の鮭缶工場
に勤めているんだよ」
「へえ!」
「何でアラスカに来ようと思ったの?」
「日本で有名なアラスカ在住の写真家が好きで・・・」
「何て名前?」
「あの・・・星野道夫です」
「おお!ミチーオ!!」
彼は突然驚いたように叫んだ。どうやら星野道夫を知っているらしい。
「えっ?知ってるの?」
「おお、知ってるとも。彼は俺の家に一週間泊まっていったんだよ。俺の奥さんは熊の
写真を撮るのが趣味なんだ。ある日近くの川で鮭を捕まえてる熊を撮影していたら、隣に
ミチオがいたって訳なのさ」
感動!旅の始めからこんな幸運に出会えるなんて!
旅に出る前にぼんやりと、星野道夫に関する事に触れられればなぁ。と思っていたが、
こんなにも早くしかも、故人と会話をしたことがある人物に会えるとは。
「道夫は、その、えーと」
「彼はねえ、感じのいい人だったよ」
「ええ、それで・・・あなたは・・・」
・・・全然喋れない!こんなにも聞きたいことが溢れているのに、こんなチャンスはめっ
たに無いのに。あせればあせるほど言葉は出てこなかった。
あぁ英会話をもっと真面目に習っていれば・・・。何度も心の中でバカバカと自分の頭を
叩いた。ぎこちない会話に苦笑いでうなづく。そんな時間のなか、あっという間にアン
カレジ空港へ到着した。
アメリカおじさんは、「じゃ、いい旅を!」と爽やかに手を振り、空港の雑踏の人と
なっていった。満足と残念が混じった何ともいえない気持ちを抱えて立っている東洋人
を残して。
手元には彼の書いたアラスカ地図と星野道夫と会った川の名前が記された紙。それを
眺めながら入国手続きへと歩き出した。
そう、旅はまだほんの入口。アラスカに降り立ったばかりだ。
明日はどんな出会いがあるんだろう!楽しみだ。
・・・でも、入国審査でちゃんと英語喋れるかな?なんて少しの不安を残しつつ。