ある夜の話
プル式
冬の夜小さく光る星の隙間から夕空が落ちて
いたので
拾って
帰りました
夕空はすっかりくたびれてオレンジもすっかり擦り切れて青ざめてまるで
紫の
宵っ張り
みたいです
所々に張り付いた雲は蜘蛛の巣みたいにべったりしていて
触ると
ねちゃっと
しました
持ち帰り洗ってみようとしましたが洗濯機には
入りそうも
あり
ません
お風呂に少しぬるま湯をはりそこに丁寧に夕空をつけると
足でゆっくり
踏み締め
踏み締め
じゅわり
じゅわり
と
洗いました
夕空は時折きゃらきゃらと子供の笑い声や砂糖醤油の匂いを出しましたが
踏まれる度に透明になっていきます
やっとこ綺麗なオレンジになる頃にはなんだか向こうの手が透ける程で
薄い
些の様でした
少し洗いすぎたかなとも思いましたがそれよりも一等の問題はどうやってこの夕空を
空に
貼付けるかです
棒で
押し上げて
みたり
空に向かってほうり投げても
みました
が
一向に届きませんので
仕方なく
その日は諦めて
物干し竿にかける事にしました
夕空はたいそうキラキラと輝きますので
これを肴に酒を飲むのも悪くないと台所から酒とスルメを持って前に座りました
キラキラと輝く夕空は
なぜだか郷愁と安心と
どこか見覚えのある様な顔をしながら風に揺れます
それを眺めながら
黙って飲む酒はなんとも哀しい味がしますが
それが又旨く酒が進みます
ほうほうに酔いうとうととしながら眺めていると
風がひいふうと吹き
夕空を揺らしました
そうして
あっ
と言う間に
どこかへ
飛ばしてしまったのですがその時にはすっかり
酔いに
眠って
おり
ました
目が覚めると物干し竿の向こうには綺麗な夕空が拡がり
一際綺麗な一角には
小さな
鰯雲が泳いでおりました。