帰省
小川 葉

 
ここで暮らしていたことが
夢のよう
いつかそうなる日が
来るとわかっていたから

やさしさは
やさしさでしかないことも
知っていたから
ただ祈るしかなくて
今も祈ることしかできないけれども

祈るということは
どこか無責任で他人事のように
ただ祈るしかないんだよ
誰かがおしえてくれたわけではないけれども
誰もおしえてくれやしないこと

僕はお金を差し出す
生きるための片道切符を
いつかキセルして乗った汽車の
日付をかくしながら

父さんごめんなさい
母さんいつも迷惑ばかりで
ほんとうにすみません

ここで暮らしていたことが
夢になる前に
することが
たくさんあったはずでした

言い訳のようにまた
ここで暮らしていることが
夢のようだと
息子に話してみたら
やっぱり掌を合わせて
祈るのでした
あの日の僕のように
それが可笑しくて可笑しくて
笑いました

笑える夢がまだありました
君にはまだ夢がある
僕とは違って
父は君の夢をかなえる義務がある

だからまた
僕は祈ることをするのでした
他人事のように
祈るだけで夢がかなうなら
僕はもう死ぬつもりで祈り続けたい

けっきょく
それしかできない人間でした
過ぎてしまったことは
もう忘れてしまって
勘当されたってかまわない
もしもそんな人生があるのなら

僕は父親として
そこからはじめてみたい
平成はもう
二十一年になってしまった
父さん、母さん
心配ばかりかけてごめんなさい
もう心配しなくていいんだよ
心配かもしれないけど
もうどうにもならないこともあるんだから

親がなくては
育つことができなかったから
生きている
僕もそんな親になって
あなたがたみたいな親になりたい
自信はないけど

親はきっと弱いものだ
そう思う
最近は思った以上に
子のほうが強いと思う
強いから
僕はそんな子であろうと思い
親であろうとも思う

人は祈ることしかできない
人だから
確かなことなんて何もないから

ありがとう
自立して生きるということは
さよならからはじまるものでした

だから言います
父さん、母さん、さようなら
ここで暮らしたことは
素敵な夢でした

また夢を見に来ます
いつになるかはわかりませんが
おたがい元気であるうちに

夢とはいいものですね
父さん、母さん
あなたの息子でよかった
この頃とてもそんなことを思います
 


自由詩 帰省 Copyright 小川 葉 2009-01-02 23:22:11
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