六月
ふるる

女の子は春に生まれました
桃色の小さな小さな靴が贈られました
風が若葉や清楚な花の匂いを運んできました

女の子の母親は六月がいっとう好きでした
雨が降ると木々や庭の草たちが
歌を歌うからです
歓びと感謝の歌を
あまりにも耳に心地よいので
小さな女の子にも歌ってあげました
小さな声で
ふっくらとしてきたほっぺたに頬を寄せて

女の子の父親はあの青くて白い波が砕ける海へ
行ったきり帰って来ませんが
生きてはいるようですので
置いていった葉巻はまだそのままです

女の子はやがて少女となり
やはり六月がいっとう好きになりました
雨が降ると雨粒たちが
遠い遠い海の話をしてくれるからです
女の子の父親は元気でいるようです
妻や娘への想いを海に託し
海は雨雲となってそれを届けます

女の子はやがて一人の若者に恋をし
庭の花を摘んでは顔をうずめるようになりました
母親は思い出します
自分が初めて女の子の父親に出会った日のことを
やわらかな雨の降る六月のある朝のことを

やがてこの国でも戦争がはじまり
女の子が恋した若者も兵士となりました
若者は緑色の瞳でじっと少女を見つめ
さようなら、と告げました
そのたった一言で
ふたりは全てを知りました
恋する者同士が知る全てのことを

開戦は六月
雨は降っていませんでした
若者が乗る爆撃機は敵機に狙われ
打ち落とされる寸前に
海がそのまま襲ってきたような豪雨に見舞われ
彼は助かりました

彼からの手紙でそれを知った
女の子の母親は
きっとこの子の父親が守ったのだと思うのでした
妻と娘を想う心は
すっかり雨に溶け込んで
雨が降るたびに
その季節のたびに
妻と娘を抱きしめるかのように
家を庭をおおい
白く透明な雨粒のベールは
立ち去ることがないからです

女の子は小さな小さな桃色の靴を手のひらに乗せて
歌います
遠くいとしいあの人のために
遠く懐かしいおとうさんのために
いつか、わたしの子が生まれるとしたら
六月の歌を教えましょう
歓びと感謝の歌を
いとしい家族を想う歌を

やがて春になり
風が若葉や清楚な花の匂いを運んできました
女の子の家の呼び鈴を鳴らすのは
戦争が終わって帰ってきた
あの若者でしょうか



自由詩 六月 Copyright ふるる 2008-12-30 01:36:42
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