関のキリン
yo-yo
芭蕉に同行した曾良の句は、「卯の花をかざしに関の晴着かな」でした。おじいちゃん
ゆうべもあかんことしはったんやてね
ビニール管抜いたら帰ってこれへんようになんのに
看護師さん かんかん
わたし とぼとぼ
キリン…とおじいちゃん
はいはい、わかりましたえ
「月日は百代の過客にして…やったわね
おじいちゃんが好きなキリンさんの旅
ほなら始めましょか
「草の戸も住替る代ぞひなの家…
元禄二年三月、バショウさんは家を出はったんやね
どのくらい昔なんやろ、元禄って
キリン…とおじいちゃん
大晦日(おおつごもり)は合わぬ算用、キリンくらい遠いむかしね
あき家の柱に発句を掛けとくやなんて
キリンさんて超ダンディ
江戸を発ちはったとき四十六歳やて
おじいちゃんより三十も若かったんやね
キリン…とおじいちゃん
うふ、すっかりキリンさんになりはって
キリンて首が長すぎるんやわ、きっと
心臓とお口がえろう離れてるさかい
思うてることなかなかお口まで届けへんのね
お口の中にもぐもぐを仰山ためて
何があるんやろ思うたら
わたし眠れへんようになるねん
まっええか、行こ行こ
「千じゆと云う所にて舟をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて…
「行春や鳥啼(なき)魚の目は泪…
おじいちゃん、お魚が泣いたんやろか
キリン…とおじいちゃん
キリンが泣きはったら
涙が雨だれのように落ちてくるやろな
そんなあほな、てか
「卅日(みそか)、日光山の梺(ふもと)に泊る。あるじの云ひけるやう、我名を佛五佐衛門と云ふ、万(よろず)正直を旨とする故に…
いややわ、おじいちゃんみたいな人やんか
「唯無智無分別にして、正直偏固の者也…やって
キリン…とおじいちゃん
はいどうどうキリンさん、旅をつづけますよ
「卯月朔日(ついたち)…ほらもう日光よ
「あらたふと青葉若葉の日の光…
日光見ずして結構毛だらけ猫灰だらけ
裏見の瀧でキリンまだら模様
「暫時(しばらく)は瀧に籠るや夏(げ)の初(はじめ)…
濡れそぼつままに、はや雨降る那須野おすえ
「この野は縦横にわかれてうゐうゐしき旅人の道ふみたがへんあやしう侍れば…とかなんとか
道に迷わへんよう、優しいお百姓さんがキリンを貸してくれはったんやね
おまけにキリンのお伴をふたりも
ひとりはわたしみたいな可愛い小娘やて、ふふふっ
その八重撫子のかさねちゃんともお別れして
黒羽の館から炭書きの雲岩寺へ
「木啄(きつつき)も庵はやぶらず夏木立…
「心許なき日かず重なるままに、白川の関にかかりて、旅心定りぬ…
ほら白河の関やよ、おじいちゃん
いつか句会で行ったことある言うてはったでしょ
先生(せんせ)にほめられた句、どんなんやった?
亡き妻の…ほらほら
キリン…とおじいちゃん
亡きキリン…なんたらかんたら…日脚伸ぶ
やっぱ、おばあちゃんのこと愛してたんやろか
キリン…とおじいちゃん
あら、おばあちゃんのこと言うたら
あくびひ〜とつ
きょうは白河の関でお泊りやね
いかで都へ告げやらん…平ノ兼盛は〜ん
ほなら、おやすみ前に一句ね
「卯の花をかざしに関の…
(そのとき病室の高い天井から誰やらの声が)
「…キリンかな*1
*1 芭蕉に同行した曾良の句は、「卯の花をかざしに関の晴着かな」でした。