R305
木屋 亞万

頭が九つある竜の川の河口を抜けて
地図で見れば尾びれのような東尋坊に
ガス欠間近のバイクを止める
どこかの船越に追い詰められた犯人が
たどりつきそうな見事な崖だ
ドラマではほとんどの犯人が泣き崩れてしまうけれど
実際はそんな風にいかないみたいで
電話ボックスに積まれた10円が、テレフォンカードが
説得の看板が、ここは自殺の名所です
と、連なっている

私は別に船越に追い詰められてここに来たわけじゃない
色んなことが崖っぷちではあるけれど
人殺しやら強盗やら、法に触れるようなことは一切していない
だから観光客に混じって悠々と崖を眺める



人生のうち一人につき三人まで
人を殺していいようになれば、私は誰を殺しにいくだろうか
なんて事を不意に考える
まず一人はすぐに浮かぶ
13・4歳の私を追い詰めたあいつ

一人を殺すことが許されれば
私は三人という制限を越えて
苦しかったあの頃に、自分を攻撃するすべてに
動物のように想像力も持たず
殺戮を繰り返しただろうか
彼らの友人や家族には言い訳を
包装して贈りながら

それぞれの人が好きなように
三人の人を殺せば
自分の好きな人たちも
回りまわって殺されるだろう
友人が、恋人が、家族が巻き込まれたら
私は仇討ちするだろうか

そうこうしていたら、いつのまにか私は
人殺しの鬼と化してしまって
どこかの片平なぎさに追い詰められるかもしれない
エンディング10分前に、この東尋坊で泣き崩れるのだ
人を殺して良いなんていう理不尽な法律さえなければ、私は…
私は人をこんなに殺さなかった
なんて、悲劇のヒロインのように
不憫さを振りまいてのたまうのだ



えへらえへらと断崖絶壁で
そのような妄想に酔っ払っていると
四歳くらいの男の子が
ぽーにょ、ぽーにょ、ぽにょっと歌っている
お門違いの崖違いだよ僕ちゃん
と言いながら、デレレーンと笑う私に
保護者は少し防衛気味だ

バイクに跨り、サスペンスの崖を
後にしようとしたとき
どりゃーーーとおじさんが崖から飛び降りていった
どうやら修行中のようである
さすが東尋坊、道を窮めてますなと
海からよじ登ってくるおじさんを見ながら微笑む
そう簡単に死にゃあしないよね

私を追い詰めるのは
私の周りの人間のちょっとした指の一突き
すべての自殺は他殺である
なんて誰の言葉だったか
フワンフワンとバイクをふかし
R305を北上していく
日本海は気持ちいいくらい荒れている
遠くの方でサイレンの
悲しい音が響いた気がした




自由詩 R305 Copyright 木屋 亞万 2008-12-26 00:49:04
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