スウィートミュージックは、時々、熱くなる。
木屋 亞万
親指を蜜柑に差し込むと
右手から全身に流れてゆくメロディがある
皮から弾けた汁は、血液をオレンジ色に染めていき
弾ける微炭酸の気泡が、心臓の凝りをほぐしていく
蜜柑の房の皮を八重歯で裂くと
プチプチと破裂していくビート
頬は膨らみ、首は小刻みに揺れていく
青春の熟れた音色に、甘い過去が黙っていない
騒がしくても許されるのが音楽
すべての粒を繋ぐリードボーカルの紅潮した頬
楽しそうに踊る舌、胸から、腹から、大地から
甘い声が、まるで人の声でないように、確実に響く
スウィートミュージックのように炬燵は
背骨の骨密度を減らしていき、できた隙間に
蜜柑ゼリーを流し込んでいく、夕暮れのように温かい
砕けて、溶けて、泡だらけのオレンジゼリー
炬燵机にペンを置き、仰向けに倒れる
明るい詩を書いても、骨の黒ずみが取れなくなってきていた
あー、と漏れる声、脱力と退屈と憂鬱の混ざり合った
中年親父の産声、足元の炬燵が熱くなりすぎている
炬燵の左サイドで昼寝中の妻が、イーシと言う
右サイドに足を突っ込む娘が、テールーと継ぐ
るるるるーううー、ねーどーしてー
と妻と娘が乗ってきて
LOVELOVELOVEを叫んでいく
全身が熱くなってきたので
ゼリーのゼラチンが溶けてしまい
灰色だった骨が、青色だった血液が
オレンジ色に染まっていく
目頭まで熱くなってしまって
(蜜柑の皮の汁が、目に入ったせいにしたけれど)
憂鬱な凝りが、歌声の中に流れていった気がした