綺麗なお姉さんは好きですよ
木屋 亞万

冬の朝というのは
どうしてこうも透き通っているのでしょうか
そしてその残酷なほどに低温な誓いを
そ知らぬ顔で踏み荒らす通勤電車の暖房

冬に身を寄せ合うのは
厳しい冬をみんなで乗り越えるためなのです
教育テレビが天道虫の映像を見せながら
そんなことを言う、お姉さんの声
あの天道虫もストレスや窮屈さを感じていたのでしょうか

足を踏んだ、肘が刺さった
尻を触った、乳に当たった
くしゃみがかかった、鼻息が荒い
臭い、うるさい、座りたい

天道虫の群れでも
赤い粒がざわざわ揺れていました
とても温かそうで、しあわせそうに見えました
でも僕には彼らの表情は見えません

綺麗なお姉さんは好きですか
触りたいですか、群れの中でも
見知らぬけれど袖の触れ合った女性を
ああそれならば、この車両には欲望の野獣がいます

冬というのは寂しいものです
身体から温もりが抜け落ちて
風がするすると通り抜けます
骨に隙間があることを
服を着ている人間は知らないのです

綺麗なお姉さんは好きですよ
でも、僕は触りません
ただ薄汚れた車内の暖房の中で
外の透度に憧れるだけです
僕の本能はもう、黒い残骸でしかありません
十数年前の冬を、越せていないままですから


自由詩 綺麗なお姉さんは好きですよ Copyright 木屋 亞万 2008-12-21 00:32:40
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