半端な命は下水管で腐敗するんだ
ホロウ・シカエルボク










不死のまぼろしに怯えた昼下がり、食いかけたドーナツを駐車場のゴミ箱に破棄して
敷地の終わりの公衆便所で泣くように吐いた、意識は未消化のパン生地みたいで
流しても流してもどうしても流れないものが和式便器の片隅でここだと叫んでいた
忘却のような体温の低下、ぶるぶると震える身体は衰弱のリズムを刻んだ
俺はあらゆる苦しみを無きものにする仕様ではない、胃袋を押し広げるほど―胃袋を押し広げるほど抱え込むから
細胞がひび割れる音をいつもどこかで耳にしている、破損、破損と叫ぶ声が聞こえる
嘔吐の後に見る夢の中身はいつでも同じだ、それを覚えていることは決まってないけれど
洞窟とモンスター、見上げるほどの縦穴の中に居る―そんな連中が嬉々と跳躍する断片だけは残り続けて
しがみつけない和式便所の喉元に呪詛を零しながら鍵を開くと世界は驚くほどの光に満ちていてそのすべてが俺の網膜を焼こうとする、やめろ、やめろ…俺はまだ祝福など受ける腹づもりじゃないんだ
足もとに夏の蝉の死骸、落葉とともに落ちてきた夏のぬけがら、拾い上げようとしても崩れ去るだけ
心残りを抱いた泡のように…引っかかりながら割れて消えてゆくだけ、ああ、何を見ようとしてる…駐車場の向かいの横長のマンションの角部屋からけたたましい子供の笑い声、俺は蝉を拾おうとした姿勢のままで新しい呪詛ばかりを撒き散らしてしまう、よかろう、汚れたものだ…もとより気持は固めてあるさ
ガラスを透かしたみたいな青空、しなる鞭のような一時間前の飛行機雲、流浪の大道芸人が大通りに落としていったエコーズ…カラフルなハットの中にやつは生きる術をすべて詰め込んでいた
火を噴くような羨望はいつしか薄れた、故郷の無い旅が苦なのか楽なのか判らなくなったから…もしも終着駅に辿り着いたらあいつはどこへ引き返すのだろう?いつまでたっても旅と言い切ることが出来ない彷徨いのようだ、そんな儚さを俺は受け入れられそうにないよ…ミネラル・ウォーターを買って口をゆすいだ、子供の笑い声が母親の怒号に代わる、その子がいつまでもそのことを忘れなかったらどうする、おかあさん
北風が吹きぬける短い通り、うう、上着を着て出てこようと思っていたのに忘れてしまっていた、愚かに見えるほど薄く済ませてはいないけれど…心もとなさと例えたらあんたは笑っちゃうんじゃないのかい―北風が吹きぬける短い通り、朝集められた落葉が時は来たと高く舞い上がる、出来損ないのつむじ風に乗って…
内臓は固く凍てついたまま、ぬくもりを取り戻そうとしない、この年の終わりのあたり、俺は口を開けられなくなった乞食に等しかった、木の側のベンチに腰掛けて長い息を吐くと、どうやら動く気分だけは取り戻すことが出来たけれど…損なわれる気分って判るかい、俺が石つぶての様に受け続けてきたもの、俺がでくのぼうの如くに受け入れてきたもの…首をひねることもなしに知らないって言ったら俺はあんたを殺すかもしれないぜ
上昇する風、上昇する風に乗って俺のいくつかが亡きものになり光の中へ逃げてゆく、行かないでくれ、憎んでいたけど別れたくはない…憎んでいたのは目をつぶることが出来なかったからさ、判るだろう!判るだろう?行かないでくれ愚かしいものたち、どうしてこんななんでもない日にお前たちを見送らなければならないのか、葬送など俺は望んではいなかったぜ―激しい、怒りのような悲しみを抱きながら指先ひとつ動かずに俺はそれを見送ってしまう、ああ、死んだ、また死んでしまった…誰かを見送る用意などもう無い、見送れば見送るほど俺自身が白骨に近づいてゆくようなそんな気がして、見送った者たちに報いる為にはそんなことしかないような気がして…さよならの言葉を言うのはやめてくれ、俺はまだ何も飲み込んではいないよ、お前の死骸など見ていない…そんな風にして
俺を少しづつ殺していくのはよしてくれ、俺は何も享受してなどいないのだ、眩しい、ああ、眩しい、一秒ごとに押し寄せる奇妙な憎しみ、指で撫ぜたら奇術のように蒼く燃え…




ああ、消えてった
底なしの便器のような晴天だ










自由詩 半端な命は下水管で腐敗するんだ Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-12-18 22:16:13
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