Set me free softly
雪間 翔

 
昔から池袋の雰囲気が好きだった。

上野より危険な香りが少ないし、新宿のような毒もない。
かといって渋谷のように媚びるわけでも恵比寿のようにお高くとまるわけでもない。
デゾレイトでもハイソでもない、そんな傾倒することのない懐の深さを、池袋は私に感じさせた。
私にはリアリティだけが親友だから。

西口や北口界隈には相変わらず風俗店が犇めいている。
近代的な劇場を造ってみたり巨大なホテルを建ててみても、ショッキングピンクの甘い匂いは隠せない。
東口に向かって歩いていると、精悍な顔立ちの浅黒い鳶が後ろからぶつかって追い越した。
饐えた匂いが11月と縺れる、寒いのにご苦労なこと。
三越とルイヴィトンはそんなことお構い無し、というふうにかじかむ私を嗤った。

真冬の昼下がりに、一人で池袋を徘徊する奇人は私だけでいい。
道行く人は皆駅へ向かって、前を見て、でも何も見ていないし見えていない。
すれ違ってぶつかって、それでも駅に吸い込まれていく、見えない目で私を誹謗しながら。

十数メートル高度が上がっただけでこんなに寒い。
パルコは私を快く屋上へ案内した。
追風も俄然優しく私を導く、全てが完璧。

「ねえ、あなただったら止めた?」

何も見ていない目で、壊したくなるような優しい目で、私に死ぬなと言った?
悪いけどもういかなきゃ。

私にはリアリティだけが親友だから。



散文(批評随筆小説等) Set me free softly Copyright 雪間 翔 2008-12-18 12:05:38
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