缶詰
かいぶつ
テレビの音が消えた時間に
アイロンをかけている
母親のすがたを見るのが好きだった
折りたたんだ洋服を
きれいに積み上げてゆく
母はやさしくて
いろんな話を聞かせてくれた
母は成人式の思い出を
なんどもうれしそうに話していた
しわが全部伸ばされると同時に
僕は布団へ 小さな体を埋めた
うつぶせでしか眠れない僕は
よそ見ばかりする子に育った
夜中に 雨戸をそっと開いて
縁側に座りながら
静けさを散歩した
空気を吸い 吐き出すと
生きているのが
自分だけのような気がした
植物がおいしそうに水を飲む
音が聞こえてきそうな夜明けに
幽霊のように産まれてくる人々が
吶々と挨拶をしてきて
内気な角度で言葉を返す僕は
赤い魚がでてくる大好きな絵本に
落書きをされた気分になった
風邪をひいた日は
おもいっきり母親に甘えた
母はそんな僕をプラネタリウムに
連れて行ってくれた
ふたりで観た星空は
少しむずかしくて ウソっぽかった
宇宙に興味のない親子は
ありきたりな感想だけを置いて
みかんの缶詰を買って帰った
自転車のうしろで
母の背中につかまりながら
からからと咳をした
かごの中でみかんの缶詰が
おもちゃみたいに
音を鳴らしながら
とびはねていた