グッバイ・ブラック・ライダー
ホロウ・シカエルボク





ブラック・ライダーが首筋を滑る音があまりに心地よくて
日付の変わるころに眠りを忘れたんだ
隙間だらけのパーカッションの
間を縫うようなダミ声のエコーの中に神が居た
神なんていうとみんなは笑うだろうけど
「あらゆるものに神が居る」って
昔はそんなお国柄だったんだぜ
ブラック・ライダーが首筋を滑る音があまりに心地よくて
日々の雑多な不具合をすべてモノトーンに変えることが出来たんだ
ブラック・ライダーが首筋を滑る感触のおかげで

酩酊のハードボイルド、狙撃された大使がプリマドンナのように舞いを打ちながら転ぶ、SPはそっぽを向いててめえの鼻に人差し指を突っ込んでいた、仕組まれたんだ、畜生、仕組まれたんだぜ
恨み言を吐く前に脳にやってくるはずの血が迷っちまった
俺の血を探してくれ
俺の血を探してくれ、少しぐらいなら中身を掻きまわしたってかまやしないから
裏切りが真夜中の閉ざされたドアの向こうだけで行われるなんてそんなのボギーの時代だけだぜ
明るい光のもとで殺されたやつらの方が本当は多いんだ
夜には悪魔が魂の勘定をしている、その音はにわか雨のように屋根を叩くのさ、ああ、ああ…
『救い給え』と十字を切った奴から無残に死んでいく、俺はキリストみたいな馬鹿は大好きだけど
キリストの為に跪くやつらのことなんか決して信用しない、免罪符ってあいつらが流行らせた言葉だろ?俺の血を探してくれ、俺の血を探してくれ…神様、俺はあんたをダシに自己満足を振りかざしたりしなかったんだから
少しぐらいなら掻きまわしたってかまやしないから

墓地に俺の居場所は無かったので、カラスたちが懸命な葬送を買って出てくれた、畜生有難迷惑だ、誰も俺の脈を確かめていないというのに…いやそれとも突かれて悲鳴を上げているのはただの俺の残滓に過ぎないのか?様式美ばかりで中身の無い二流の映画みたいだ、俺の人生はそんな風に送られてゆく…
オルガンの音色がここまで聞こえる、誰も居なくなった教会で誰かが静かに奏でている…
力の無い指先こそが一番確かなものを語るものなのさ、そうした音にはみんな自然に耳を澄ませるから
誰が弾いているんだろう、誰が弾いているんだろう、俺は記憶の中をしばし彷徨った、俺の為にそれを奏でてくれるやつのことを探そうとして…結局そんなやつはどこにも居なかったことに気づいた、思うにそれは誰か俺の知らないやつが弾いているんだ
正真正銘の優しさってやつはつまりは他人事なのさ

ロシア!ロシア!ロシアの歌声が聞こえる、どうしてそんな風に海を越えてくる、縁もゆかりもないこの俺のもとに?凍てついた石畳の街路、終末の予感のように立ち上るカフェの珈琲の湯気…何もかもを諦めた淫売のため息
袋小路の行き止まりで頭を撃ち抜かれた黒光りするドーベルマンのシェイドされた目つき…パーカッションの隙間を俺は探した、だけど、だけど…

サーカスのまぼろし、サーカスがいつか住んだ記憶の街の中にやって来る、見たこともない奇想天外な出しものをたくさん引き連れて…チケットを買って、ママ、チケットを買ってよ、ママ、まだ早いなんて言わないで…僕もカレンもそういうもののことは結構よく判ってるから…ああ、ねえ、あのテントの下へ僕たちを連れて行って、少し薄暗い場所の方が僕らにはちょうどいいんだ、ママ…
秘密の暗がりの中で誰かが大砲を鳴らしている、きっと弾の代りに飛び出すのはカッコいい男の人に違いないよ、ああ、ママ、ああ、ママ…僕はサーカスを探した、僕はサーカスを探した、少しぐらい掻きまわしたってだれも腹を立てたりなんかしない、小さいけど確かなオルガン、ママ、ママ、大好きなママ…カラスのくちばしのついばみ、脳を目指さなくなった血液…冷たい街路か、冷たい街路なのか…まだ…まだ……俺だったんだ、撃たれて倒れているのは、いつも……



サーカスは行ってしまった、俺は去ってゆく楽団のリズミカルな後ろ姿を見ていた、玉乗りの得意な象、火の輪をくぐるライオン…本当の笑いを誰にも見せたことがない道化師、わら半紙のような夕暮れの中へ溶けてゆくアングラな夢たち……ああ、ブラック・ライダー!






自由詩 グッバイ・ブラック・ライダー Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-12-15 00:39:00
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