天ぷら
たもつ


天ぷらを揚げているうちに
この世にいるのがわたし一人きりになった
キッチン
みんないなくなってしまった

父も
母も
あなたも
娘も
隣の中村さんも
隣の隣の西野さんも
裏の、名前も知らないおじいさん、おばさんも
モーニング娘。も

だからわたしは天ぷらなんか揚げたくなかったのだ
けれど、あなたが
食べたい
と言うから
言うものだから

ナスをじゅう
さつまいもをじゅう
しいたけをじゅう
エビを、
あ、あなたは兄さんじゃありませんか
昔、生き別れになった兄さんじゃありませんか
こんな姿になって
「ブラック・タイガー」なんて
あんな弱々しかった兄さんには相応しくない名前

うそ

エビをじゅう

熱い
かき揚げって
熱い
もうどうせ誰もいないのだから
冷蔵庫にあるものをありったけ入れて

肉じゃがの残り
卵焼きの残り
いつかの天ぷらの残り
いつかの天ぷらの残りでつくったかき揚げの残り
ビールの飲みかけや
オレンジジュースの飲みかけ
ビン、カン、タッパ、ラップ
何かの手のようなもの
足のようなもの
頭のようなものまで

だから熱い
かき揚げって
熱い

ふと視線を上げる
カウンターの向こう
あなたはテレビを見てだらしなく笑っている
その隣でモーニング娘。を踊る娘
の振り付けはいつも変だ

本当は知っている
天ぷらを揚げたって
何も取り戻せないことを

けれど、あなたが
食べたい
と言うから
そう言うものだから





自由詩 天ぷら Copyright たもつ 2003-09-17 12:49:58
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