スコアブック
山中 烏流




1ページ目にあったのは
ぐちゃぐちゃの字で書いた目次で
そのページの下の方には
同じような字で「見るな!」と書いてあった
そういえば、もっと小さい頃は
この自分の字に怯えていたこともあった気がする
その変化に
成長を気付かされてしまった







・○月×日

にっきとなにがちがうんだろう?
きょうはすきなこといっしょにあそびました。
きらいなやさいをたべられました。
あと、ねこさんにさわりました!
かわいかったです。


(貼り付けられた猫の毛を、私はもう覚えていなかった。
好きだった子の顔、名前、仕草も。嫌いだった野菜も。
少し、さみしい感じがした)



・○月△日

ママにおこられた。
「なんかいもおなじことをいわせるこはいらない」っていってた。
からだはいたくないのに、なみだがでるのはどうしてなんだろう?
わからないことばっかりだ。


(知らなくても良いことだよ、と呟いてしまった。
この声と涙を届けることができたら、今の私はどう変わるだろうか。
それとも、変わらないだろうか)



・△月□日

しょっきをあらいました。
パパがたくさんほめてくれました。
ママはすこしいやなかおをしていました。


(これを見た母に、次の日酷く怒られた気がする。
あの時は、その怒りの意味なんて分からなかったけれど)



・翌年 ×月△日

今日からお母さん、お父さんってよぶことにした。
かんじもすこしつかってみることにする。
お手つだいもする。
そうしたら、ほめてくれるかな?お母さん。


(書く頻度が明らかに減っている。
怯えだしたのはこの頃だったかと思うと、なつかしくなった。
拙い漢字も、なつかしかった)



・○月□日

「見るな!」っていう字をけそうかなぁ。
すこしこわい。
そういえば、今日はさんすうのテストがかえってきた。
80点だった!
でもお母さんはほめてくれなかった。
次は100点をとらなくちゃ。


(誇らしげに貼り付けられたテストは、心なしか少し黄ばんで見えた。
この時のことを、私は何故か覚えている。
確かこの後、自分へのごほうびにチョコレートを食べた筈だ。
ミルクの甘いやつだったのに、少しだけ苦かったような、そんな気がする)



・数年後 □月○日

今日はテスト返却の後、席替えをしました。
念願の窓側になれて、かなり幸せです。
テストは今回もなかなかの出来で、クラストップでした。
英語の点数を伸ばせなかったのは、残念でしたが。


(窓から見る空が好きだった。
切り取られた物であれば、手に入ると思っていたからかもしれない。
ページの端に、「打倒英語!」とある。
何で、こんなに必死だったんだろう)



・△月○日

お母さんに、どうして私を褒めてくれないのか聞いてみた。
答えは簡単だった。興味が無いらしい。
頑張るのは疲れたけれど、休んだところで何も始まらないんだろうし……
ほんの少しだけでいいから、力を抜いていいかな?
もう、疲れた。


(涙の跡でにじんだ文字は、それでも力強かった。
この文章のすぐ下に書かれた「適当」の二文字は殊更強かった。
そして私は、私になったのだった)







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そこは白いままで、所々にシミがあった
引き出しのペンの位置や消しゴムの場所
その全てを思い出しながら
私はペンを握る
そして、
ペンをすべらせる







・2008年 12月4日

少し、暖か過ぎるくらいの世界と
誰よりも私の名前を上手に呼べる声
ひとさじ分の砂糖に
足がギリギリつかない深さの夢

今、この時が幸せであるように、と

そう願える心もあれば
私はずっと幸せなのでしょう


確かに今、そう思ったのです

(確かに今、そうであるように)


自由詩 スコアブック Copyright 山中 烏流 2008-12-10 12:33:07
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