月光ドライブ
フミタケ

古い古いソウルミュージックが
ラジオから流れはじめたその夜の
23時
僕は窓をあけ、風を誘い込んで
ノロノロと車を走らせる
マービン・ゲイ そしてマイケル・ジャクソンを口ずさみながら
誰かと声を交わすあてもないままに
行く先もないままに
月明かりの下
「今すぐ君に会えたなら」
国道の灯の列は
この音楽にあざといほど似合っていて
表層に薄く飾り立て
錯覚を手招く
鎖骨からこめかみにかけての
冷たい線
慰めもなく
優しさもなく
そっと過ぎていく
月明かりのドライブは

青梅街道
ネオンサイン  
北西の風 環状星雲
夜のエレヴェーター
たゆたっている 夕まぐれ
空気にただよう蜜 蜜の苦み 
目抜き通り 公園から裏通りへ 愛の記憶
うわばみ さみだれ 銀色の風 
ネオンサイン

「希望」と「未来」が
チェ・ゲバラのあの顔写真と「革命」が
ビートルズやデビッド・ボウイのグラビアと「夢」が
繁華街のネオンサインのように
打ち捨てられた地上3.7メートル
宙にぶら下がっている

何か夢を見ていたよ
何の夢かはもう思い出せないよ
君の夢を見ていたよ
何の夢かはもう思い出せないよ

青山通りと表参道の交差点に停車したつかの間に
ついに泡立った今日は
逃げるように海へと押し流されていく
歩道に並ぶ影には
素敵になりたい気持ちでめいいっぱいの瞳
それはどこか
アントワーヌ・ドワネルに似てる

コーヒーを飲み
クラムチャウダーの缶をながめ
みすぼらしくて悲しくもショッピングモールに引きこもる
ばぁさんが好きだった
桃の味
彼女はそれがどこで生まれ 誰の手によって どこから運ばれてきたのか
よく知っていた
小川沿いの自動販売機に
コーラを買い歩けば
一日中そこに座り込んだ不幸な子供たち
今あいつらに襲われても
俺はキットカットしか持ってない
模型拳銃の シリンダー
カチッと言わせてる
だから
ガムを噛んでろ
 
君を削り取っていく暮らしのナイフは
百円ショップで売られていて
すべてを習慣として受け入れてしまったら
もう
他人の言動には関心を持てなくなっていきそうだ
だからさ
夕方にとどろく稲妻だけが
僕らをひとつにする最後の存在なんだって

ここにある光は すべて結果の名残り
あふれるくらいの本物や美しさは
いつも身近にあるけど
多すぎて あまりに多すぎて
見放されてしまいそうなほどで
ほんとうに神聖なものはそれほどたくさんある訳じゃない
手助けを求めたら きっと僕は消えてしまう
君はいつも だから 一人さ

深夜零時過ぎの
田園地帯を伸びる旧国道
制限速度50キロの道を
ユルユルと
音楽にまかせて
時速35キロで走行すれば
ずっと昔に闇に消えた愛やよろこびと
ほんの少し親しくなったような気がしてる
あたりには僕以外誰もいない暗い道をなだらかに滑りこんでいく
このまま誰にも知られずに車を大破させで死んでしまう気がする
月明かりのドライブは

サーチライト
書き割り
潜水服
サイフォン
雰囲気
生きたビロード 
やるせない シネマスコープ
思い出のよすが トワイライト
期待はずれの言葉ばかり 口をついてこぼれ落ちる
「でも、最後に残るのはいつの言葉よ」とあの娘が言ったのをおぼえてる
つまづきながら たどたどしくも駆けていった 孤児
開かれた部屋 オープンマイク
ミルク&ハニー
スプリンクラー
まぶたの裏にまで入り込んでくる光
つぶやく蛇口
点でできた一本道 エドワード・ゴーリー
人畜無害なゾンビでごった返す満員電車
「廊下に立っていなさい」といわれつり革につかまる
かっぱらいと遅刻の人生 時差 葬送
無口なディスクジョッキー
モビール 欄干 
なだめる 定点観測 
白熱灯の明かり 飛沫の音 バッファサイズ 
幼稚園にひっぱられる 鏡の中に3メートルの深さを感じる
遠く聞こえるラジオウェーヴ 現像液にたっぷり浸したやつ
この街の新聞の社説 ガード下の轟音 首相官邸 眠りの莢
タクシーに乗り告げた行き先は「路上まで」
世間へあわせつまらなそうな顔になっていく少年たち 
輝かしい青春なんて大ウソさ 中学で老け込む奴もいる
手のひらの ねじれた常緑樹の葉
もう自宅でしか聴かれないスコットウォーカー
誰かの夢でも見てみたい
服を脱いで
誰かの夢の中へ
あの子の夢の中へ
裸になって入っていく


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自由詩 月光ドライブ Copyright フミタケ 2008-12-04 01:07:13
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