ファミリー・コンピュータ
木屋 亞万
オーブントースターのパンが焼き終わった音
こんがり焼けた小麦の生地の香ばしい匂い
コーヒーの出涸らしが出す香りも良い
あるいは
葱を刻んだり、魚を焼いたりする音
出汁と味噌の香りに焼きたての鮭の温かい匂い
朝を告げる食欲の起き上がりに
これが夢でなければいいのにと思う
朝、本当に僕を起こすのは
不機嫌な母親の金切り声と
なだめすかすような父親の怒鳴り声
二人してぎゃんぎゃん言い合ってはいるけれど
お互い相手の話は聞いていない
顔を合わせるだけで喧嘩のスイッチが入り
機械みたいなマニュアル文句を休みなくぶつけ合っている
その間中ずっと僕は家にいることが申し訳なくていたたまれない
でも今、食卓へと足を踏み入れたくもない
父親が8時5分に家を出る
母親が9時20分に家を出るまで
誰がどのように起こしに来ようが
僕は起きるつもりはない(本当に体がだるいというのもある)
大声で何度か僕を呼び(頭が痛い)
身体を揺すぶっても駄目なら(お腹がグルグルと鳴る)
あきらめて、書置きを残して仕事に行くのだ(僕を育てるために、働いているらしい)
ようやくベッドから出て
食卓に向かう頃には9時半を過ぎていて
僕はそれから買い溜めしてある菓子パンを食べ
制服に着替えようか数十分迷った後
(授業中の教室に遅れて入っていくと、入る瞬間にみんなの視線が集まる)
(それで僕は銃を向けられた牛のように怯えながらゆっくりと席に着く)
テレビの前に座り、お気に入りのアニメを見る
(僕もあんな風に思ったままに、想いを叫べればいいのに)
(チクチクと遠まわしに、ボソボソしゃべるのをやめて、だ)
お昼には冷蔵庫の冷凍食品をチンして食べ、
食器を軽くゆすいだ後で、もう一度テレビの前に座る
今度はゲームをする、ファミリーコンピュータを引っ張り出して
ゲームの世界へ没頭していく
(その中で僕には武器がある、魔法がある、セーブすることができる)
(世界を平和にすることができる、人を救うことができる)
午後3時を過ぎて、4時を回る頃には
後悔と憂鬱が指先のコントローラ
セレクトボタンの辺りから
じわじわと滲み出てきて
僕は制服を着て、勉強机に向かう
両親が買い与えてくれた通信教材を解き
自分で丸付けをしておく
5時頃に母親から電話が来て
デパ地下のお惣菜とともに6時頃には帰るからと言う
ワイドショーや教育テレビを見ながら帰宅を待ち
母親と二人で濃い味付けの脂っこい惣菜を片付けたら
もう一度(今度は2時間だけ)ゲームをして
(買い与えてもらったもので遊んでいるよ、とアピールをして)
(きちんと約束どおりの2時間で止め、仕上げた通信教材を見せて)
母親よりも先に風呂に入ることを許され
9時には眠りに着く
(コンピュータ夫婦が喧嘩・夜の部を始める前に眠る)