幽食
ヨルノテガム
幽霊が豆腐を食べる
冷や奴より冷えた幽霊の
行儀の良いイタダキマスの
青白さを競う口元の
豆腐の角ばった立方体への怖れと、味わいの
幽霊声は、静かに しょう油派?
ポン酢派? をうらめし、たずねる素振りの
口がうまく開かないわ と
目もよく見えないわ と
豆腐の水っ気が吸われて
今日から お豆腐さん と呼んでと
また来る気でいるやら、一丁、二丁、三丁、
絹だの木綿だのそれよりも、崩れ崩れ壊れ落ちる柔らかさに
どこかが キュン とするんだと。
何度も崩しては
食べれないの、とおから風に弱っていき、
元気なんてあったかしら、
我に返ったり、自己の紹介をぼんやり探したりして
真っ白な豆腐の一面が
遠近もなく
ただ只、空っぽのぽっぽ― に見えてきたら
幽霊やめようかしらと、抜けていってしまった
*
青い海を眼下に 渡り鳥の果てしない渡りを過ごしていると
何か物足りなく腹がすいてきたわ と感じ想い
豆腐にぶち当たった
豆腐は崩れることなく冷ややかにおすましして
わたしのイタダキマスを受け入れてくれた
口へ運び、おいしいわと言う用意も喉元まであったのに
さっぱり味がない。
角ばった立方体もあれれそのままに直角という直角を保っている
すぐに合点がいった、しょう油を垂らさなくちゃ、それとも
ポン酢? 鰹節のパラパラと舞い落ちる風情は桜の季節ねと、
手をヒラヒラとお豆腐のまわりで遊ばせて
わたしはひとしきり豆腐踊りをして過ごした
よ! 豆腐奴! と拍手喝采、お座敷の華となって
また来てくれ と また来るワ でスターな気分でサヨウナラ、
幕は暗転へ落ちた
ポツリと青白い豆腐を前にわたしは元どおり直面し
うまく食べれないわ、うまく掴めないわを小声で洩らした
みずみずしいお豆腐もどこか力なく壁面みたく固まって見えて
わたしのせいね と何だかおセンチ入って
背骨が抜けてしまうような空虚を想った
空虚っていいわね、わたしみたい、懐かしい昔の初動の、
その前の前、お豆腐みたいに真っ白で、小さくて、
願望も何もない、ゆで卵の冬眠のような、死と生の、ああわたし
遊んでばかりいられないわ、何かしなくちゃ、何かはきっと
素晴らしくわたしでいられる、消しゴムで消すほどの
存在をまず、形がわたしを苦しめる、目を閉じて見える所が
忘れてしまう
失って過ぎる、
失って過ぎる、
失ったことを忘れたいわ、と過ぎ過ぎていった
一丁、二丁、三丁と豆腐は残り在る。