幽食
ヨルノテガム


幽霊が豆腐を食べる
冷や奴より冷えた幽霊の
行儀の良いイタダキマスの
青白さを競う口元の
豆腐の角ばった立方体への怖れと、味わいの
幽霊声は、静かに しょう油派?
ポン酢派? をうらめし、たずねる素振りの

口がうまく開かないわ と
目もよく見えないわ と
豆腐の水っ気が吸われて
今日から お豆腐さん と呼んでと
また来る気でいるやら、一丁、二丁、三丁、
絹だの木綿だのそれよりも、崩れ崩れ壊れ落ちる柔らかさに
どこかが キュン とするんだと。
何度も崩しては
食べれないの、とおから風に弱っていき、
元気なんてあったかしら、
我に返ったり、自己の紹介をぼんやり探したりして

真っ白な豆腐の一面が
遠近もなく
ただ只、空っぽのぽっぽ― に見えてきたら
幽霊やめようかしらと、抜けていってしまった





青い海を眼下に 渡り鳥の果てしない渡りを過ごしていると
何か物足りなく腹がすいてきたわ と感じ想い
豆腐にぶち当たった
豆腐は崩れることなく冷ややかにおすましして
わたしのイタダキマスを受け入れてくれた
口へ運び、おいしいわと言う用意も喉元まであったのに
さっぱり味がない。
角ばった立方体もあれれそのままに直角という直角を保っている
すぐに合点がいった、しょう油を垂らさなくちゃ、それとも
ポン酢? 鰹節のパラパラと舞い落ちる風情は桜の季節ねと、
手をヒラヒラとお豆腐のまわりで遊ばせて
わたしはひとしきり豆腐踊りをして過ごした
よ! 豆腐奴! と拍手喝采、お座敷の華となって
また来てくれ と また来るワ でスターな気分でサヨウナラ、
幕は暗転へ落ちた
ポツリと青白い豆腐を前にわたしは元どおり直面し
うまく食べれないわ、うまく掴めないわを小声で洩らした

みずみずしいお豆腐もどこか力なく壁面みたく固まって見えて
わたしのせいね と何だかおセンチ入って
背骨が抜けてしまうような空虚を想った

空虚っていいわね、わたしみたい、懐かしい昔の初動の、
その前の前、お豆腐みたいに真っ白で、小さくて、
願望も何もない、ゆで卵の冬眠のような、死と生の、ああわたし
遊んでばかりいられないわ、何かしなくちゃ、何かはきっと
素晴らしくわたしでいられる、消しゴムで消すほどの
存在をまず、形がわたしを苦しめる、目を閉じて見える所が


忘れてしまう



失って過ぎる、

失って過ぎる、


失ったことを忘れたいわ、と過ぎ過ぎていった




一丁、二丁、三丁と豆腐は残り在る。











自由詩 幽食 Copyright ヨルノテガム 2008-12-02 18:54:34
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