殺しに到る感情のライン
ホロウ・シカエルボク







殺しに到る感情のライン、俺はいつだって不都合を拭い切れず全てが終わった後の閉ざされた部屋の中で汚れた刃を研いでいる、それを誰の喉笛に届かせようというのか、劇的な夜明け前まで考えても答えを出すことは出来なかった―行き先の判らない殺意ほど始末に負えないものは無いよ、そうは思わないかい?
どこへ行ってもざわめきがひどく耳について…ひどく耳についてひとつひとつ、耳に飛び込んでくる言葉の中に俺の名前が混入していないかと目を血走らせて考えてしまう、どんなに探しても答えは無かった、どんなに考え込んでも納得のいくものは見つからなかった…俺は目的も忘れてうろついてしまうのだ、気がつけばいつでも忘れてしまって思い出せない
殺しに到る感情のライン、だけどそいつは一度たりとも血の味を味わったことがない、それを幸せと言うか不幸せと言うかはそれぞれの判断に任せるところだけど―俺にはどちらとも決めることが出来ないぜ、たぶん誰かが明確な論旨を持って俺をそいつなりの結論に導こうとしたとしても俺は黙って刃先を見つめているに決まってる、イエスともノーとも唇を動かすことはない
結論が美しいことなんて誰が決めた?結論が素晴らしい結果だなんてどこのどいつが考えたんだ…殺しに到る感情のライン、それは降るのか降らないのかよく判らない雨雲の編成みたいだ、降るには足りない、晴れるにも足りない、どっちつかずのただ冷えていくだけの空模様、俺は見上げてカラカラになるまで口を開けている、もしかそこに雨粒が落ちてきたらすべてを辞められるような気がしてさ
肯定とか否定とかつまらない理屈で他人の思考に鍵をかけようとするのはよせよ、俺はただ知りたいだけ、当てのない思考が俺をどこへ連れて行こうと目論んでいるのか、結果を持たずに流れる水が流れ込んでいくのはどんな果てなのか、どうしても見たくて俺は恐れながら身を任せているのだ、そこに流れがあるのかどうかはっきりそうと感じることなんて数えるほどしかないのだけれど―とにかく俺はそうした流れの行く先を知らなければガラクタのままで死んでしまうんだ、そのことだけははっきりしてる、おそらく結論とは自分で構築するものだと理解した瞬間があったのだ、手を届かせようとも思わなくなった遠い遠い遠い過去のどこかに
殺しに到る感情のライン、俺の中の殺意、鋭く尖った刃先に押し当てた自らの手のひら、風の通り過ぎた後みたいにうっすらと細かく刻まれた俺の空っぽの手のひら、偶然色をもった空白みたいに薄い血が滲んでゆく、俺は愚行を笑いはしない、誇らしいものを手に入れる為に生れてきたわけではないから―役割があるとすればそれは俺はこの身を切り裂いてみせる厚化粧の道化なのさ…道化の化粧はすべてを覆い隠すためのものだ、その下にある疲労や傷みを…べったりと塗りたくった顔料で誰にも見せないように細工してあるのさ、俺にはその理由がはっきりと判るぜ―なぜなら彼らも傷んで見せる種類の連中なのさ
刃物の詩を、ナイフの詩を綴るのは何度目だ、まるで自傷趣味の自意識の高い変態のようにだらだらと連ねてみせるのは?ああ、まあ、どうでもいいことだ、そんなことについて考えている間にいくつもの言葉を逃してしまうのだから、もっともっと俺は言葉のスピードに乗っかってこの気まぐれを少しは見栄えのいいものに拵えなければならない、拵える、そこにはある種の整然とした流れがあるということに他ならない、俺は流れを拵える、もちろんそれは本当の流れに追い付くことは出来ないけれど―追いつこうとするスピードは思いもよらない感触を生み出したりするものだから、それについて深く考えたりすることはしなくなった、いつかにも書いたことかもしれない、いつかにも飽きるほど綴った…もしかしたら一字一句違わずに俺はそれをここに並べることが出来るかもしれない、だけど、でも
そこにはいつかと同じ感情など微塵もないのだ、殺しに到る感情のライン、俺は獰猛だが盲目な獣の牙をもって、誰かの喉笛を狙い続けている、噛みついたら愛を囁いてくれそうな誰かを、引き裂いたら何かを与えてくれそうな誰かを…俺の牙が好きか?俺の不作法な牙のこと愛してくれるかい…?俺はいつの間にかこんなものになってしまった、誰の言葉を聞こうとしているんだ、誰の感情を変換しようとしているんだ…汲み上げたお粗末な憎しみや不快な言葉たちを、どんなふうに組み上げて拵えようと―言葉を探した、言葉を探した、言葉を探した、言葉を探したんだ、本当に欲しいものを探すときはまずあらゆる連動について考えなければならない、連動が生み出すスピードのことを…誰かが目に留めるよりも速いスピードのことを、誰かが見落とすぐらい速いスピードについて…
殺しに到る感情のライン、殺したい相手はどこにもなかった、俺はぼんやりと刃先を見つめていた、劇的な夜明け前がそこに訪れる頃




目は落ちくぼんで
何を認めることも出来なかったんだ








自由詩 殺しに到る感情のライン Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-12-02 01:02:37
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