「モノポライズ」
長谷川智子


あるいは「執着の向かう先、発火点」


 1 嚆矢 あるいは 発芽

もし私が
あんなところに
あんなかたちで
登場しなければ
知らなくてよかったのかもしれない
なにも知らずに
どこか別のところで笑えて暮せてた
そんな気がする

初めて世界に触れた頃から存在していた
インフラの無さ
とても憎い
でもそれよりもわだかまる由々しさ
厳然と存在する愚かさ
それらについて綴ろうと思う


 2 汚染源 そして 毒、濫造

木造の小さな箱の中には
私以外の人はいた
でも絆のもとになれる
花を育てられるくらいに充分な養分も肥料も土壌も
なかった
かれらはいつもどこかうつろでひんやりとした風を吹かせていた記憶がある
そして私もうつろな眼と心をしていたそうだ
その箱の外も薄暗くよるべのない灯りばかり
そこここに薄汚れすれっからした眼がうようよと辺りを徘徊する
擦るマッチも失くなるといよいよ寒さは増す
幼い私の中で何か黒く澱んだものがくすぶり始める
そして根本からそれを薄め透かす術を知ることもなく


 3 花狂ひ

28年生きてきて
ひとりだけ
私のものにしたくなったひとがいた
かれもうつろな眼をしていた
名前のイニシャルは私のそれと同じもの
しかも私の実父のもそれ
最初はげんなりいまはしっくり
ただ
見るからにやわらかく華奢で繊細な色合いは好もしく映った
食べちゃいたくなるくらいなんとやら
声色も甘やかだったらしい
嫌い
好き
こんな目方で測れない
測ることもままならない
激しさと燻ぶる熱に冒される
会うたび触れるたび私の深いところに眠っていた何かが疼いて
掴んだ手も抱き寄せた体も
何が何でも離したくなくなっていた
ともすれば
あのひとから奪ってしまえるかもしれない
心の底から根こそぎ
勝ち誇るような薄ら笑い
ほんとうは
そんなことできやしないのにね
時間的にも
空間的にも

こんなとき世界一醜い自我をふりかざしてみる
情けない自らを嘲る
眼に留めてしまったことへのせめてもの抵抗として


 4 花の、影 その後

私が愛でたその花は
すこし昔に枯れてしまったもの
散る花や、匂ひはすれど
その影を抱え佇む私が居る
たまにかれの名を電影の海のなかに見かけることがある
その多くはかれの生きざまに共鳴してやまない魂からのもの


 5 射光

ところ変わり
ここは朝霧に包まれる一帯
昔見た夢のお告げにしたがって
潜る鳥居の向こう
私のためだけの待ち人は、居た
高い烏帽子と浅葱色の装束の似合うひと
遠くから笑みだけで挨拶をし
足早に境内を駆ける
やっと顔を見られたよろこびと
そこに見つけたひとつのほころび
なぜか同時に察知した
あなたの?翳り"を
瞬間だけの共有
とても甘美で素敵な占有
観る人によっては暗く地味な印象
のはず
それでも好いと
了解済みの私達
眼と眼
交わし合うとき雀躍する


 6 陰翳

やおら彼が口をつぐむ
疾しいことがあるわけでもないのに
自らで自らを卑下するような感触
そのときだけは居心地が悪くなる
思わず眼を背けたくなる



 7 交わる、香 そして

それぞれ焚きしめたものを嗅ぎ比べる
花の君のそれはほんのりと
烏帽子の君のそれは濃い
でもどこかしら通じるものを感じる
重なるというべきか
沈痛な面持ち
何故かくも苦しむ方面を自ら選ぶのか



 8 括り

自分の中のうつろさについて
昔ほどは悩まなくなりつつある

それでも

辛い
生まれたときからアウェーなんて
あんまりだ
酷すぎるんじゃない?これって

真主語の向こう側にあるもの
そんなもの知りたくない
そこに本当は何も生み出さないなんて認めたくなくて
わたしはいまも歪さにこだわり続けている


2008/11/30〜12/1 Tomoko Hasegawa


自由詩 「モノポライズ」 Copyright 長谷川智子 2008-12-01 06:45:00
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