さらわれた魚怪類
木屋 亞万

彼も昔は普通の水辺に住む生き物だった
腹が減ったら飯を食い、身体が求める通りに泳ぐ
底の方から水面を覗いて藻が緑色に透けるのを楽しむような
平凡な日々を過ごしていた

ある日、少年が彼の住む池で溺れていた
これはいけないと助けに行ったら、もがく足で思い切り頭を蹴られてしまった
少年は水をたくさん飲んでいるようで、服も水に濡れてきており危険な状態だった
彼は決死の想いで少年を助け始めた

思い切り蹴られて自分が駄目になっても別に構わないとすら思えた
なぜそこまで少年に献身的になれたのか
少年が釣りに来ても必ず魚を逃がしてあげているのを知っていたからだろうか
自分でもはっきりとわからないまま彼は無我夢中で少年を助けていた

近くの陸地へと少年を押し上げていこうとするも、なかなか上手くいかない
それでも最後の力を振り絞って、頭の先で少年の尻を突き上げる
頭がじりじりと痛み、頭部の血流が全て止まっていくように思えた
そのとき、少年はようやく陸地に身体を預けることができた

それと同時に彼の頭にあった皿はぱっくりと割れてしまった
魚怪類として自分の住む池で死人を出してはならないという使命感を持って
彼の池に住む仲間たちの平穏な日常を守ったのだ

その成果と引き換えにして、彼は河童でいられなくなり
単なる亀として生きていくこととなった
それでも彼の日々には何ら変わりなく、
変わったことと言えば、身体が少し縮んだくらいだった

少年の証言から、この池は河童池として有名となったが
今やこの池には皿の割れた魚怪類しか生息していない
河童探しに来た人がいつもがっかりして帰っていくのは
そういう理由なのだった


自由詩 さらわれた魚怪類 Copyright 木屋 亞万 2008-11-28 20:44:27
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