「空の字をじっと見てみて」「うん、みたよ」「パンダの顔に見えないかしら?」
木屋 亞万
ずっと昔のことなんだけど
ずっと一人で、近所をさ迷っていたことがあるんだ
公園の一人分の幅しかない滑り台を占拠して昼寝したり
ブランコを遊べないように上の軸にぐるぐる巻きにしたり
作りかけの砂場の山を自転車で破壊したり
公園の前にある全部の家ピンポンダッシュしたり
嫌いなおばさんの背中にそっと蛙を入れたり
ずっと悪戯ばかりで、一人ぼっちだった
いや本当は僕の中にさえ誰もいなかったんだ
僕の中は空っぽだった
僕の中に僕がいなかったから僕は僕でありはしないし
僕がいないなら僕に僕の事を気にする義理はない
僕のなかは空っぽで僕を求めてパンパンだった
空気だけが空っぽな僕のなかで熱せられて
爆発しそうだったんだ
そして僕が4年生のとき
近くに住む5つ上の姉さんのスカートをめくったときだった
姉さんは僕に聞いたんだ
「どうしてこんなことをするの、恥ずかしくないの」って
僕は自慢げに「僕の中身は空っぽだから何をしても平気なのだ!」って言ってやった
そしたら姉さん、ムスッとした顔で、近くにあった木の枝を拾い上げて
地面に『空』という字を書いた
「空の字をじっと見てみて」って自信ありげに言う
「うん、みたよ」と言いながらその自信に少しひるむ
「パンダの顔に見えないかしら?」と得意げに微笑む
「何だよ、バカみたい」と思ったまま口にしたら
突然、姉さんに思い切り抱きしめられた
「誰かにこうして欲しかったんでしょ」と姉さんが笑う
紺色のセーターの編み目が眼の前にたくさんあって、すごく温かかった
爆発しそうだったガスが、両腕の圧力でプシューって抜けたような気がした
今でも僕の中身は空っぽでパンパンだけど
それは愛らしい熊の、パンダの顔をしている
姉さんの温もりをじんわり漂わせて
照れくさそうに笑っているんだ