針と糸
ヨルノテガム



数ある千手観音の手の中で一本の薄暗いそれが
私に電話番号を渡してくる
いにしえの森から現代の迷路へ
情報を揺さぶり動かすのは今も昔も恋のひらめきであった
艶かしい顔と肢体、狂気のような挙手と主張は
その指の一本と私の指の間に赤い糸を結ばせて静寂を飲み
たゆみの中に死と生の綱引きを始めようとする
私が情報の海につま先をつけ浮かび
あの細く頼りない糸を何処かの綺麗な女の片隅に
引っ掛けて、引っ掛かりますように呪文し手繰り寄せる
あるとき力強く手ごたえが日々感じられ
自身も架空の園へ入り込み女神の欠片を探し求めるに
私が降り立ったのは無人の夜の針山であった
広大な景色に私と同じような顔なき屍が倒れ消え去り、
現れ倒れ、また消滅して
鋭利な針が生温い夢を細かく刻んでその行方を
さらに緻密にさらに稚拙に捨て置き汚していた
私が「情報の海の女神」と呼んだ幻の正体は
幹に空洞の在る偉大な老木であった
私は誰からもかかって来ない携帯電話に
「もうふたりばかりの私」が語りかけてくる一言目を
注意深く待ちわびていた
秋から冬に変わる霧の朝、わたしは電話を構え
あらゆる返答を用意して
言葉を仕留める何かを振り上げる





私が「情報の海の女神」と呼んだ人は
「情報」を捨て
「の」を必要とせず
「海」「女」「神」の所在を消し去っていった
「傷」のようなものが残る

その人を想うとき
私は手を合わせたり手を合わさなかったりしながら
祈る対象として

点になった街の灯を無言で見守る

彼女の形骸は
幽玄であり
私たちはその幽玄加減しか愛していなかった
アニメのような人型が 夜に動き出せばいい
私は人の変化する変わり目の穴に落ちては遊び這い上がり
また落ちては遊び這い上がりして
この景色に手を振り上げている
狂気の挙手のようだ

情報の海の女神には何処かの芸術の森の中で
眠りついてほしいと願うのは 時代を知った小人たちの
逃避と再生への耕作地から芽生えた
僅かな霊感の指向であった














自由詩 針と糸 Copyright ヨルノテガム 2008-11-22 09:40:14
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