薔薇夢跡
まどろむ海月





? 薔薇中毒


愛しい薔薇の
深紅の花びらが
狂おしく息もつけぬほど
降りそそいだ
あの頃

 夜毎の夢の中でさえ
 貴女の馨りは
 深く ふかく
 私を酔わせたのでした




気づいてみれば
私は薔薇中毒

 貴女の気配が
 感じられない日々
 心が引き裂かれるほど
 禁断症状に悩んで








  ? 発条仕掛けの夢


高い空から
海辺の工場に
舞い降りる私


 廃屋の
 錆びた鉄扉に
 射しこむ斜光


双子の影の源に立つのは
発条仕掛けの悲しい自動人形

 垂れこめた暗雲のように
 壊れた機械音が響いてくる


燐寸を落とせば
水は燃え
身をよじる黒煙
炎の舌先は
艶やかな死を求めている

 風の視線に
 置き去りにされた
 ドライフラワー

汚れた地面に散らばる
ほころびた言葉

 時計仕掛けの渦
 未明の鱗光


口にふくむ
途切れた想い出
空洞を飲んでいる月の顔




鋭い哀しみの声に
軋む目を開いた私は
禁断の記憶の扉に歩んでいく
ゆっくりと








  ? 薔薇の部屋


背の高い扉に刻まれた
細い植物線模様の
一つ一つを
しばらくたどって
やがて私は
内側に開く



薔薇の嵐が吹き荒れて
深紅の花びらが
狂おしいほど
降りそそいだ
あの頃のままに
その部屋はある



私を薔薇中毒にした
貴女が去り
ながい禁断症状から
立ち上がって
封印した部屋



整理もつかぬまま
厚く散り積もった
深紅の花弁に乱されて
強い馨りの愛しさは
今も私を苦しませるんだね




背中で扉を閉める
 まぶたの裏に浮かぶ
 球面の文字盤には
 蜘蛛の巣のように
 取り戻せぬ距離と
 時の轍が示されている





部屋は再び封印された
 私よ
 私よ
 多忙な日常の旅へ
 帰ろう
 帰ろうよ













            


自由詩 薔薇夢跡 Copyright まどろむ海月 2008-11-21 21:27:39
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