林檎の皮と赤い風船
百瀬朝子

くるくる剥いた林檎の皮が
包丁持つ手にぐるぐる巻きついて
気分はまるで蛇使い
蛇の色の鮮やかさに恍惚
とする自分にエクスタシー

赤い風船 くもり空に飛ばして
太陽みたいだね、って
指を差して微笑んだのは過去のこと
あの頃は愚かにも永遠を信じて
空回りしてたんだ

生き物の体温に触れてぞっとする
おとなしいハムスター、
擦り寄ってくるねずみ色のネコ、
眠っている人間、
いずれも
穏やかな呼吸で生ぬるさを帯びていて
生きていることに躊躇いはなく
それはあたしの知らない温度

林檎の皮 生きてるのか死んでるのか
あたしの体温を奪って生ぬるい
その生ぬるさは生き物のものとは違ってて
呼吸もなく
腕に巻きついた蛇はそのまま首をつたい目隠し
これ以上、あたしの低い体温を奪わないで欲しいのに
尾はあたしの口元を覆って
呼吸まで奪おうと一生懸命
窒息する苦しみにいつかの記憶が重なって

あれは心が溺れて居場所のなかった昔のあたし
苦しみは共通して窒息へといざなう
見上げれば不思議
まぶたの裏にはいつだって
赤い風船が見えるんだ
あたしの心の太陽よ、どうか
弾けて消えたりしないでよ

ほどけて落ちた林檎の皮
温度はなくて
蛇の抜け殻


自由詩 林檎の皮と赤い風船 Copyright 百瀬朝子 2008-11-17 22:27:31
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