スーパーにて
吉田ぐんじょう


空が晴れていると
どこへ行ってもいいような気がして
ふらふらと遠出をしてしまいたくなる
そんな時はスーパーへ行って
掌にちょうどおさまるくらいの大きさの
果物をふたつ買って帰る
右と左にそれぞれ持つと
ちょうどいいおもりになるのだ
どんな果物でもよいのだけど
できればなるべく鮮やかな色がいい
ぴかぴか光っているともっといい
先頃まではよく檸檬を買っていたのだけど
今時分しっくりくるのは蜜柑である
鮮やかな橙を掌に閉じ込めて
大きく両手を振ると
ここで生きていてもよいような
そんなにおいがして
なんとなく嬉しい
遠くで雪の降っている気配がする


在庫一掃!
と書かれた透明なプラスティックケースの中に
夏に売れ残ったカブトムシが
山ほど詰め込まれて売られていた
しなびたようなきうりを与えられて
のろのろと動いている
しばらく立ち止まって見ていた
わたしが
カブトムシについて知っていることと云えば
あまり霧吹きで
湿らせすぎると死んでしまうこと
晩秋には冬眠の準備のために
あまり餌を食べなくなることくらいだ
あんまりじっと見ていたせいか
店員さんがやってきて
ひとつどうですかこんなに元気ですよ
と言いながら一匹取り出してわたしに持たせた
ちっとも元気ではなかった
とても軽くて全然動かなかった
死んでいるのかも知れない
やっぱいいです
と返そうとしたら床に落としてしまった
ちょうど駆けてきた男の子がそれを踏み殺し
うわきったねえ
とか言っている
店員さんは後始末をしながら
安っぽい同情ならしない方がいいですよ
とひくく呟いた
何か言った方がよかったんだろうか
でも何も言えなかった


スーパーで支払いをしようとして
財布を開くと
隙間から去年のレシートがはらりと落ちた
そこには
モメン トウフ×10 68円
計 680円
とだけ印字されていて
わたしは去年
なにをそんなに悲しがっていたんだろう
思い出そうとしても思い出せないのである
脳裏には
みっしりとした木綿豆腐を
パックのままあぷあぷと
立て続けに食べる
自分の背中がありありと浮かぶ
しかしわたしは自分の背中を
いつどこでどうして見たんだろう
記憶の中の自分の背中は心持ち猫背で
思っていたよりもずっと小さかった



自由詩 スーパーにて Copyright 吉田ぐんじょう 2008-11-17 17:08:09
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