物語詩「塔と鳥とクレヨン」-first wing-
青の詩人

1、 白

この深い森のどこかに
真っ白な塔が立っていて
その最上階で僕は生まれた
年月を感じさせない白は
来訪者の侵入を拒むようにも見えた
世界を自ら切り離しているようだった

その部屋には
塔よりも白い鳥が棲んでいて
僕は彼だけを描いて過ごした
鳥はとても澄んでいて
僕は彼をこころと名づけた
朝から晩まで飽くことなく描き続けた

部屋には小さな丸い窓があって
堅いベッドに仰向けに寝転ぶと
ちょうど月が見えるくらいの高さにあった

こころとともに月を見て
こころとともに夢に落ちた

夢の世界でもぼくはひとりだった
月は綺麗だった
僕に似ていたけれど
少し違う色をしていた

こっちを向いているから
裏側まではのぞけなかった

2、アモールムーン

クレヨンで描いていた
白しか使わなかった
僕だったが
月が
描きたくなった
鳥のことは忘れて
月を描いた
その夜があまりに美しかったから

そのときもこころは隣にいたが
そわそわ うろうろして
なんとなくいつもと違う感じがした

初めて
白以外の色を使った
その色を
アモールと名づけた

こころは
窓をじと見つめ
羽をばたつかせた
その瞳が
いつになくまっすぐに思えた

何かが崩れる予感がした
塔かもしれないし
アモールのクレヨンかもしれなかった
夜が魔女の笑みを浮かべていた

3、月会い

気がついたら外にいた
周りに何かがいたようだったが
正確には何かつかめなかった
つかもうとも思わなかった

初めて外の空気にふれた
ぼくは肩にこころを乗せていた

月に会いにいこう
こころを渡しても構わない

月行きの馬車が出るのは
100年後と記されていたから
僕は10を白で塗りつぶした
すると蹄と車輪の音が聞こえた


颯爽と現れた馬は
闇と分かぬほどの黒で
そのまま夜にとけたら
月まで一瞬だった

カラカ ラカラ
カラカ ラララ

こころが染まらないか不安だったが
肩の上は変わらず白を保っていた

息をすった
月は思っていたよりも近くて
思っていたよりも小さかった
息をはいた
そのとき
月も鳥もアモールに染まった

エアが耳に
クロノスが目に
メロディーが頬に
焼きついた

カラカ ラカラ
カラカ ラララ

目を閉じたら
目が開いていて
夢が終わっていた
朝が侵入していた

まだ塔の中だった
ピアノが残響していた

4、浮き足

染まったこころは
嬉しくも
寂しくもあり
とにかく空を得られたことで
浮き足立っているように思えた

嘴をぱくぱくさせ
羽をばたつかせ
飛びたい 飛びたいと
窓ばかり見ていた

じゃあ出て行けよと言うと
急にそっぽ向いたので
塔の外に丸ごと放り投げることには
まだおびえているようだった

神様の匂いを嗅ぎに行こうと提案したら
クレヨンをつついたから
アモールに少しの空を混ぜて描いた
白はもう見つからなかった

パンとぶどう酒と本を一冊鞄に詰め
地図と双眼鏡とナイフを腰につけ
父から受け継いだ鳥帽子をかぶり
母が編んだセーターを羽織り

クレオール5日目の早朝に
塔を後にした

ドアから出るのは面倒だったので
こころを肩に乗せて飛び降りた

そこで
ふわっと
世界が止まった

下を見ると
霧がたちこめていて
何も見えなかった
だから
何もなかった

肩を見ると
羽だけくっついていて
僕が鳥になっていた

アモールと空のクレヨンで
鳥になれることを知った


自由詩 物語詩「塔と鳥とクレヨン」-first wing- Copyright 青の詩人 2008-11-16 03:09:26
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