「 潜入創作官。P. 」
PULL.







 うそばなしが側にいる時はうそばなしについて書いてはいいが創作してはいけない。相手はあのうそばなしである、どんな嘘を吐かれているか解らない、潜入創作官たるものくれぐれも用心して事に当たらなければならない、だがそれをうそばなしの前で顔に出してはいけない、うそばなしはその嘘の重みの分だけ用心深い、物陰で表情を隠しかりそめの仮面を被り、まるで年来の友であるかのように馴れ馴れしく肩を組み(この隙にうそばなしの肩に付いていた髪の毛を採取し)生まれや育ち、それに家族恋人友人愛人家庭のことなどを、うそばなしの調子に合わせどんどん話させる、例えどんなに嘘臭い荒唐無稽な話であってもとにかく話をさせる、どんどんさせる、だからといって一切反論してはいけないということではない、話を聴き出すためにあえてうそばなしを怒らせることも、時には必要だ。

 うそばなしと仲良くなれたならうそばなしを巣に誘い入れる。用心深いうそばなしは最初それを拒むだろうが、めげてはいけない、注意深く、執念深く、こころからの愛で(潜入創作官は自らに嘘を吐くこともいとわない)うそばなしを巣に誘うのだ、もしからだを要求されたとしても拒んではいけない、それはうそばなしの体液を採取する絶好の機会だからだ、また性癖にも注意しなければならない、うそばなしの望む体位や責めがうそばなしの本当の性癖とは限らない、うそばなしは嘘であるだけに巧みにからだを導くがどんなに我を忘れても決して、うそばなしにこころをゆだねてはいけない、ゆだねていいのはからだ、それだけだ。

 記録されたうそばなしを信用してはいけない。それはまやかしだ、監視カメラの映像や盗聴テープに残るうそばなしは実像ではない、虚像だ、虚像は甘く実像よりも官能的だ、その甘美さは創作官の感覚を狂わせ惑わせる、惑わされてはいけない、うそばなしは記録に嘘を吐く、だからすべてを記憶しなければならない、手で、足で、鼻で、舌で、眼で、肌で、脳で、創作官はからだの内も外もすべてを使って記憶しなければいけない、そしてその記憶すらも信じてはいけない、何故なら潜入創作官は自らのからだに嘘を吐くこともいとわないからだ。

 うそばなしが巣に居着いたからといって安心してはいけない。うそばなしは様々な嘘で創作官を試し観察している、気を緩めてはならない、ほんの些細なことばがすべてを破綻させることもある、自称や漢字、平仮名の使用に意思の統一はあるか?付け焼き刃の知識は見破られていないか?ひとりよがりな愛撫で前戯や後戯をおろそかにしていないか?ひとつひとつをもう一度確認したら今度は、うそばなしになったつもりでかりそめの嘘の仮面を被りからだじゅうを真っ赤な嘘で染め、うそばなしになりきり、うそばなしの視点で今の状況すべてを見回し見直してみるのだ、だが用心して欲しい、潜入創作官はこの瞬間最も脆くなりその自我が危うくなる、なりきっただけのつもりが嘘が染み付き抜けなくなり、そのままうそばなしの仲間になってしまった創作官も少なくないのだ。

 うそばなしの潜伏期間は定かではない。朝を待たず一夜で巣を出てゆくうそばなしもいれば、何年も何十年もまるで夫婦のように居着くうそばなしもいる、けれどうそばなしの別れは突然だ、夕暮れ時、台所で紅茶のための湯を沸かしている間に、何も言わず何も盗らず、ただそこから消えている、あるのはうそばなしが買ってきたお揃いの縁の欠けたティーカップと、ついさっきまでうそばなしが座っていた座布団に残る嘘のぬくみ、それだけだ。

 うそばなしの姿が消えたからといってすぐに創作をはじめてはならない。うそばなしが視界に嘘を吐き、姿が消えたことにしているだけかもしれないからだ、気を抜いてはいけない、そのまま何事もなかったかのように潜入を続け、普段通りの生活をいとなむのだ、やがてうそばなしの気配が消えことばが消え臭いが消えするりと、創作官の胸に落ちるものがある、それはそれは嘘だ、自らのからだもこころも偽りずっと吐き続けてきた、嘘だ。

 うそばなしの自供はあてにしてはいけない揺るぎない物証による立件のみが創作を投稿に導くのだ。うそばなしの残した毛根や体液からDNAを採取し、その虚構配列を調べ分析し、指紋を洗い、過去の創作記録や読書歴から一致するものがあればいくつかの創作方針を再検討せよ、うそばなしは用心深い、同じ指紋を何度も使うのは罠かもしれない、また運良く創作令状が出て起訴できたとしてもそれは創作のおわりを意味しない、検索官が思いも寄らぬ創作の粗を探し出すこともある。


 創作報告書にすべてをありのままに書く必要はない。出来事を、潜入で起こった出来事すべてを書く必要はない、かりそめの仮面の下、うそばなしと創作官との間で何が交わされ交わされず、また何が起こり起こらなかったのか?そして本当はどんな関係であったのか?それはうそばなしと創作官、ふたりだけが知っていればいいことだ。












           了。



散文(批評随筆小説等) 「 潜入創作官。P. 」 Copyright PULL. 2008-11-15 19:20:08
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