そういうこと
結城 森士
佐伯くんという幼なじみの友人がいた
運動神経が学年で一番良くきかん気な子だった
彼と僕の家は近くて、昔から一緒に帰ることが多かった
彼の家は柳川通りの十字路に面した貧しいアパートの二階
横断歩道をわたってすぐに彼は階段を駆け上がり
僕は小道に入り、柳川通りを走って突っ切る
すると、ちょうど二階で佐伯くんが家に入るタイミングに
小道から、佐伯くんの後ろ姿を見ることが出来る
ここで僕が手を振って挨拶をする
佐伯くんも振り返り、それに答える
これが僕と佐伯くんの間だけで行われる、2人だけの儀式だった
小学校の一年生の時から中学校の三年生まで
僕らはこのお互いの約束を守り続けた
一度として破ったことがなかった
佐伯くんと喧嘩して口を聞かなかったときも
この二度目の挨拶で、その瞬間に仲直りできた
あまり話さなくなったときも
佐伯くんが落ち込んでいたときも
絶対に僕らはこの「二度挨拶」の決まりを守った
この不思議な絆で結ばれた友情は、他の誰にも分からないだろう
一度だけ、僕が自分から挨拶をしなかった時がある
中学生の時だ
中学生と言えばそろそろ大人になる時期だ
僕も、その儀式が少しだけ恥ずかしくなってきていた
佐伯くんともあまり話さなくなっていた
だから、いつもは走って挨拶するところを
わざと歩いていった
すると彼は家に入らずに僕のことを待っていた
柵越しにこっちを見て待っていた
僕らはやっぱり笑って挨拶をした
ただそれだけのこと
ただそれだけのことが
如何に大切なことなのか
今なら分かる気がする
友達とはそういうものだ
そして人間にとって一番大切なことは
そういうことなのではないだろうか