甘く温かいミルク
ホロウ・シカエルボク
君はミルクを温めていた
空白の時間を縫うように
冷えたキッチンをほんの少し
人の心に近づけようとするみたいに
昨日(一昨日かもしれない)、タクシーを盗んで180キロで逃げた男の続報を僕は知りたがっていた
あまりにも
奇妙な事件で
そこには理由というものがなくて、でも、もしかしたら
それには明らかにされる理由がなかっただけの話なのかもしれないけれど
いつしか人は理由を求めなくなる
新しい色も、昨日の色と同じように
宇宙から降ってきた石も
それまでそこにあった石と同じように
君は
温めたミルクで唇を傷めてしまう
本格的な冬が来る
本格的な冬が来るので
僕は
いつでも覚めない眠気が
まぶたにこびりついている気がして
どうでもよくない事まで
(まあ、いいか)と、思ってしまう
住処の一階にある、とある業者の朝は早くて
台車の軋みやトラックのコンテナの開閉音で
薄暗い間から何度も目を覚ましてしまう
君がキッチンを離れるのを待って、僕はコーヒーをいれた
君はミルクを飲みながら、それに気づかないふりをした
夜は魚のようにゆっくりと、お互いの間を泳いで
僕たちの舵はあまりにも心もとない
なにか航路を乱すような
出来事があったわけではなかった
僕は朝届いた新聞を開く、読みたいニュースがないことは分かっていたけれど
沈黙を納得するにはそんなものを読んでいるしかなかった