一番近くで、貴方を待っているからね―
過ちに会える街
【次は 終点
蝶過】
聞いた事の無い駅名だった。
3年間、生真面目で優秀な社員を演じ続けた僕は、
11月、少し寒くなった都会の中で、
初めて
現実逃避をした。
終点は蝶過。
初めて降りたホームの錆びた自販で、
暖かいコーヒーを買った。
100円が入らなくて困った。
何度入れても落ちてくるから仕方なく千円札を入れた。
―あぁ、そういえば、
よく似た形で恐ろしく性能の悪い(やっぱりこれによく似ている)自販に、
幼い頃会った頃がある。
いつだったか、いくつだったか、どこだったか。
全て思い出せない程、
色褪せ、
朽ち果て、
必要ないと判断された過去。
街の中は人もまばらで、
模型で見た昭和の東京みたいな、
褪せたオレンジや赤がよく似合う街だった。
街の奥にある丘まで行ってみた。
まだ錆びてもいない、
でももう古い、
青い子供用の自転車。
ハンドルの部分が曲がっていた。
少し押すとキィキィと悲鳴を上げた。
―僕の、兄が、子供の頃、使っていた自転車・・・?
「「お父さぁん!」」
子供の声が響く。
中年くらいの・・・
背が高く、すらりとした男性が駆け寄る。
―父の、若い、姿、スガタ、
―思い、出した。
東京都、神奈川県寄りの一番端の街。
―蝶過町。
僕は4歳半まで此処で過ごした。
兄は7歳まで此処で過ごした。
そこまでしか、思い出せなかった。
目が覚めたとき、ビルの中を走る電車の椅子の上だった。
ポケットには、兄、僕、父、母の色褪せた写真が握られていた。
調べてみたら、あの後、蝶過はダムに沈んでしまったという。
白昼夢にしては出来すぎている。
精巧に作られた幻、という事にでもしておこうかな。
明日からまた、生真面目で優秀な会社員を演じようと思う。
過ちに会える街