剥ぐ者
影山影司
世界は崩壊してしまったよ。馬鹿馬鹿しい連中はまだ信じちゃいないんだけどね。外の連中は腐った街にこびりついて生きて、中の連中はこんな所に引きこもって、それでまだ「大丈夫」なんて口にしているんだから救いようが無い。無気力ウイルスだとかふざけたものがこなくたって、きっと世界は崩壊したに違いない。
『はに四号区六七番』。僕の部屋には内と外にプレートが掲げてある。
スキンヘッドをつるりと撫でて、散歩でもしよう。ポケットにカプセルを突っ込んでカードキーをしゃこんとスリットに通してバシュッと密閉錠が弛緩する。続いて安全錠が解凍、シグナルがグリーンからイエロー、レッドへと移り変わって左へとスライド、ようやく外へ出られる。
何年も住んでおいてなんだが、僕はここがどこら辺に位置するのかさっぱり分からない。とんでもなく高いところ、とは聞いているが、これ位の建造物になると「海抜何メートル」だので考えると具合が悪いのだった。地表から何キロ延びた地点か、といったほうがまだ分かりやすい。おまけに頂上に近づけば近づくほど「頂上が底になる」から余計始末が悪い。二つある端っこ、どちらかから階数を数えても、終いに近づくとおかしなことになるのだ。
だからエレベータのボタンだって「ABC」だの数字だの、順序や規則性のある文字は描かれていない。記号だったり、太陽の絵だったり、人の名前が描かれている。特に行く当ても無く「フォンブラウン」ボタンを押して、上に上る上昇感を感じる。(もちろんそれは主観であって、本当に上なのか下なのかそもそも何を基準に上と下が定められているのかも分からない)
透明チューブの中に収められた筒状の小部屋が、無音のままに上昇する。居住区画などは敷居が差し込まれているが、農地区画や工業区画はクリアに見渡せた。バイオテクノロジィとナノテクノロジィは大抵のことを可能にしてしまった。
一瞬のうちに下方へ消え去る生産的建築的風景をコマ送りに見せられると、なるほど「まだ大丈夫だ」という気分にならないのでもない。
だが、世界は崩壊してしまったのだ。確実に。ここの住人達はこの建造物を「世界」と呼び、外のことなど、考えたことも無いかのように振舞っている。超科学の産物に宿りながら非科学的な思考をする。それこそまさに終わってる。
崩壊した後の残骸に塗れた地球はまさしくゴミ捨て場といっていいだろう。そしてそのガラクタを集めて作られた建造物は、瓦礫の塔なのだ。
スキンヘッドをつるりと撫でる。
人によって、考え方は違うだろうけど僕にとってこの建造物は巨大な郵便ポストだ。新聞や手紙、催促状を突っ込むことが出来ても、配達人たちがそれを取り出すことは出来ない。出来たとしても、それは許されていない。
幸い僕は、外に伝手があって彼らが時折金品や便りを送ってくれた。この世界でどれほど「金」に意味があるのかと思うが、なぜか建造物の内ではいまだ有効なのだった。特に部下のハンターが送ってくれる物品は上級層の連中に酷く喜ばれた。おかげで僕は上等な部屋と、無限アクセス権を頂戴しているという訳だ。
ハンターが送ってくれたものはもう一つある。
ポケットに放り込んだ、カプセルを指先で転がす。これは、僕が彼らに頼んで作ってもらったものだ。ある種これは、世界中の何よりも貴重だった。
長い時間をかけてようやくエレベータは停止する。最上階、そして最底辺。ここはいわゆるサロン的な目的で作られた箇所だ。実用性はまったく無い。ちょうど熱帯植物を育てる温室のようになっている。細いフレームが格子状に走り、その上にクリアなボードが貼り付けられいてる。
ボードの向こうには、漆黒の風景がねっとりと存在する。低温の世界だ。そういう意味では、ここはまさしく温室といえる。
カプセルを取り出して、前歯で齧る。これをこのまま噛み砕けば、中に蓄えられた特濃の液体が舌の上に垂れるだろう。液体は即座にその化学物質を細胞から脳味噌へ伝え、僕の心を一つの感情に塗りたくるのだ。
ボードの向こうには漆黒の風景がねっとりと存在する。散りばめられた光源は遠く、高音の光を突き出している。
世界は崩壊してしまったよ。
それでも僕は生きている。