幸福に満ちた世界の中で
なかがわひろか
それはある不幸のお話
不幸が生まれたとき
周りの人間は皆不幸せだった
毎日誰かが自殺をしたり
誰かが誰かを殺していた
みんなは早く不幸から抜け出したかったので
生まれたばかりの子に不幸と名付けた
不幸は生まれながらにして不幸だった
不幸以外の何も知らなかった
不幸は来る日も来る日も不幸であり続けた
そしてそれに比例するようにして
周りのみんなは幸せになっていった
十七歳になった年不幸は初めて恋をした
髪の長い白い肌をした美しい少女だった
不幸は彼女を好きになって
毎日少しずつ幸せになっていった
あるとき少女は車に轢かれて
寝たきりになった
不幸が少女を見舞いに行くと
少女は泣きながらあなたのせいよと言った
不幸が幸せになる代わりに
少女は不幸せになっていた
不幸はもう二度と少女と会うことはなかった
不幸はまた不幸に戻っていった
不幸はもう誰も愛さなかった
誰とも口をきかなかった
不幸は日々を一人で過ごした
不幸はいつしかたくさん年を取っていた
ある日曜日の朝冷たい布団の中で
不幸は死んだ
(「幸福に満ちた世界の中で」)