融解
結城 森士

思い返すと僕は
思春期の日々を過ごした街の中にいるのだ
公園のグラウンドの中央に立ち、辺りの景色を見渡す
まるで水の中のように
空が柔らかく揺らめいて
太陽の細い光の線が散乱する
雑木林の向こうのテニスコートから
ラケットでボールを弾き返す音が聞こえてくる

遠くから
懐かしい声が甦ってくる
子供たちのはしゃぎ声
鉄の金網の向こうから
3人の幼い友人たちが
サッカーボールを片手に
僕の名を呼びながら走ってくる

サッカーボールは宙を舞い
僕の足元に落ちた
一人、二人、
僕はドリブルで交わし
君の目の前に立った

君は懐かしい顔で微笑む
だが僕は挨拶をすることができない
君の名前を思い出せないのだ
君の顔を断片的に覚えていても
君が幼少の友だちであることを覚えていても
君がどんな性格であったかを大まかに覚えていても
どういう訳か、僕には君の名前が思い出せないのだ
僕たちは遊んだが、僕は君の声を思い出せないのだ
君がどんなに大声で笑おうと
どんなに僕の名を呼ぼうと、僕には届かないのだ
耳では聞こえていても、僕には届かないのだ
何もかもが遅すぎた

空が溶けていく
白い雲も、淡い水色も
杉林の深い緑も
マンションや道路のコンクリートも
何もかも、原型を崩して
混ざり合っていく
君の顔も、僕の顔も
君の声も、君の微笑みも
君の感情も、僕の感情も
涙も、その理由も
それは溶け合って、やがて
元から何も存在しなかったかのように
透明な空に消えていってしまうんだ

君は名前を失い、声を奪われた
それでも笑っている
君は笑っている
心の底から愉快そうに笑う
その記憶だけが、今も残っている
残響のようだ


自由詩 融解 Copyright 結城 森士 2008-10-28 14:38:28
notebook Home