フルムーン・ラプソディー
渡 ひろこ

夜気に退屈をさらけ出すプラタナスが
細い小枝で編んだ投網で上弦の月を引っかけている
葉陰から木漏れ日のように明かりを点滅させて
モールス信号を送る橙色


きっと月の頬には痕が残るほど
網目が食い込んでいるのだろう
憂鬱な月の溜め息が重い冷気となって
背中に圧しかかる


せかされるようにコートの衿を立て
キリキリと尖ったヒールで
アスファルトを響かせて歩くのは
背後で星屑を吐きながら嘆く
月の戯言を退けるためではなく
アノ人の影が薄紫のストールとなって
ふとした透き間に私を包もうと
密やかに追いかけてくるから



強がらないとすぐにでも振り返って
受け入れてしまいそうで
崩れ落ちないようにキッと寡黙な蒼い夜を見据えると
街路樹から逃れてそらに泳ぎついた月が
オリオン座をぼんやり照らす



振り切るように足を速めると
ふいに身体が締めつけられるような気がして立ち止まった
いつの間にか蒼の裂け目からしなやかに下りる
橙色に捕われてしまったらしい
月の唇から零れ落ちるラプソディーが
投網となって巻きついてくる



センチメンタルを舐め盗りながら、ぷっくり膨らむ月



私のあと一歩の戸惑いと逡巡を手のひらに乗せ
朧に化粧しながら
次第にゆるゆると芳醇な茜色を醸し出す




纏った想いをすべて剥ぎ取られ
凍えながら見上げると
霞んだベールの間から
月は捕えた獲物にうっすら笑った







自由詩 フルムーン・ラプソディー Copyright 渡 ひろこ 2008-10-27 20:27:02
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