ステーション
佳代子

雑多な思いが縦横する駅構内は人を感じる
喧噪と抗いながら人を感じとる
古里への思い溢れるペーパーバッグ
婦人の膨れ上がったボストンからは家庭がこぼれている
神経症の男は幾度も腕時計を覗き込み
ポケットをまさぐりチケットの所在を確かめる
4つの荷物に溜め息をつき持ち替えながら眉根を寄せる人
私はいったいどんな風に映っているんだろう
ダン! と 誰かの肩先が私の左の耳を打った
すみません と 長身の青年がコクリと頭を下げる
息を切らせて誰かを捜しているらしい
私は微笑みをのせて会釈をかえした
それから胸の奥に熱いココアを流し込み改札へ向かう
閉じ込めておきたいものが凍えないように
出会えば  必ず別れがあるのに
逢えば   必ず淋しさを知るのに
人はどうしてそれを繰り返すのだろう

コートの襟を立て階段をかけ上ると
容赦なく降ってくるのは甲高い赤ちゃんの泣き声で
困り果て背中をトントン叩きながらホームを行き来する母親
走り回る子供の奇声に業を煮やして
保身のために叱咤する若い親の大声
それが可笑しくて目を細める老人の静かな頬の窪み
ホームの日だまりは私の淋しさを癒してくれる
それでも足下から忍び寄る寒さに耐えかねて
つい時刻表を見てしまう人でなしの私なのだが・・・

アナウンスが入る
足早に若い駅員が通りすぎていく
全て定刻通りだと真っ直ぐな視線が自信に満ちている
電車が規則破りをしない限り必ずやってくる辛さがあることを
彼は 知らない・・・・・
電車が入ってくる
コーラを抱えて青年が全速力で駆けていく
私は入ってくる電車に目を移す
私を故郷へ運ぶ電車
私に悲しみを運ぶ電車
私には忌々しい電車のドアが開く
デッキに足を踏み込む

もう  戻れない・・・・・・

刹那を刹那と意識する
椿の花落ちるように自然の摂理と意識する
でも、今だけは拒みたいと思った
車窓のスクリーンにはあの青年が映っていた
身勝手な出逢いが許されるものなら
2本の映写フイルムの間の74分の1秒を
譲り受けたいと思った
車窓は1枚の皮膚であり私の目はフイルムだった
発車まであと7分
ホームの混雑が増してきた
少女がいる
階段の手摺りにもたれ片手でさらりとした髪撫でながら
手にしたコーラに視線を落としていた
字幕のないスクリーンから声が見えてくる
身を屈め時々頷く青年の後ろ姿は
何かを説得しているのかもしれない
発車まであと5分
少女の潤んだ赤い目と口角が歪む
青年は襟元からのぞいていた革ひもを引いた
黒のトレーナーの下からは緑色の曲玉が出てきた
少女は儚げな笑顔でシルバーの髪留めを外した
長い髪がザンと落ちて月が欠けるように顔を覆う
発車まであと2分
青年の曲玉と少女の髪留めが互いの手の中で交わった
あと あと 1分20秒
心臓の脈打つ音が早く大きくなる
車窓が熱く飴のように柔らかくなって
ああ 私シンクロしている
奇跡は待たないで!
後悔するから・・・・
あと 50秒
その時 青年は素早くキスをした
大きな目を見開いて立ち尽くす少女に
笑顔で電車のドアを指さした
デッキに立ったと同時に発車のベルが鳴る
幕が下りるようにドアが閉まる

奇跡は 待たないで・・・・
私も そうでありたかった
どうして駅前なんかで別れたんだろう
後悔するから・・・・
後悔 してる 
もう いつ会えるのかわからないのに・・・
動き出した電車の車窓に顔を寄せれば
通りすぎた青年の顔と別れた人の顔が重なり
冬ざれの田園の風景に吸い込まれていく
感傷旅行・・・・つぶやきながら
胸の中のカメラにそっとカバーを被せる



自由詩 ステーション Copyright 佳代子 2004-08-02 16:29:34
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